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「お前の稼ぎじゃ無理」と言い切った彼の前で、私が契約者の欄に名前を書いた理由

  • 2026.10.14
ハウコレ

膝の上で、バッグの持ち手を何度も握り直していました。ここで引き下がれば、新しい部屋でも私はずっと、住まわせてもらう人のまま。それだけは嫌でした。

不動産会社のカウンターに、2枚の間取り図が並べられました。左は彼の職場から歩いて5分の部屋、右は家賃9万円の部屋でした。私が右の紙に指を置いたとき、隣の彼は左の紙を手元に引き寄せていました。

会計のたびに聞いてきた言葉

付き合って3年になる彼と、一緒に暮らす部屋を探していました。

彼は、お金の場面になると先に動く人でした。食事の伝票も、旅行の宿代も、「いいよ、俺が出す」が聞こえたときには、もうカードが出ている。財布を開きかけては閉じる。そんな動きが、いつの間にか私の癖になっていました。

大事にされているのは分かっていても、並んでいるはずの彼の少し後ろを、ついて回っているようでした。

そんな私が、彼に言わずに始めたことがあります。書店の仕事の合間に、本の紹介文を書く副業です。指名での依頼が増え、書店の給料と合わせれば家賃を1人で払っても暮らせるところまで来ていました。

話さなかったのは、「無理しなくていいよ」と先に言われる気がしたから。きちんと形になってから伝えるつもりでした。

担当者の前で言い切られた一言

右の部屋は家賃9万円、左は11万円。右の部屋だと、私の通勤は乗り換えを2回挟んで1時間を超えます。

彼は左の紙を指先で2回たたきました。

「家賃は全部俺が払うから、俺の職場に近いほうにしよう」

担当の女性がうなずき、「ご契約はお1人のお名前でお願いしております。身分証をお預かりできますか」と続けました。彼が自分の免許証をカウンターに置きました。

私は財布の留め具を外し、自分の免許証をその隣へ並べました。

「私名義で契約させてください」

担当者のペンが止まりました。右の間取り図を、担当者のほうへ滑らせて。

「家賃全部払えるんでこちらの家にします」

隣の彼が、こちらを見ないまま言いました。

「お前の稼ぎじゃ無理」

普段の彼は、私を名前で呼んでいました。その名前の代わりに出てきたのが、「お前」と「稼ぎ」。しかも、初対面の人の前です。

スマホに表示した数字

スマホを取り出して副業の入金履歴を開き、彼にだけ見えるように傾けてカウンターに置きました。

「副業してるの。最近、けっこう良い感じなんだ」

彼は画面に顔を近づけ、ゆっくりスクロールしていきました。

落ち着いてから見せるつもりだった画面を、こんな形で出すことになりました。

スマホを私のほうへ戻した彼は、口を開きかけては閉じるばかり。

その返事を待たずに、担当者へ向き直りました。差し出された申込書の契約者の欄に、自分の名前を書き入れました。

ペンを置いたとき、隣の彼はまだ間取り図に目を落としたままでした。

そして...

店を出てから駅まで、彼は私の半歩前を歩いていました。

改札の手前で立ち止まり、「帰ったら、話したいことがある」と言いました。担当者の前とは別人のような、小さな声でした。

免許証を財布に戻しても、すっきりしないままでした。彼の返事を聞かないまま部屋は決まり、あの一言も取り消されていない。

普段は名前で呼ぶ彼が、どうしてあのときだけ「お前」と言ったのか。その理由を、私はまだ知りませんでした。

(20代女性・書店員)

本記事は、ハウコレ読者への独自アンケートに寄せられた実体験をもとに制作していますが、個人が特定されないよう、一部設定を変更しています。

(ハウコレ編集部)

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