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AI時代だからこそ大切にしたい「アナログ力」AIにできないことって何だろう?

  • 2026.10.8

わが家のお風呂には、ボディソープがありません。あるのは、昔ながらの固形石鹸。手洗い場に置いているのも、泡で出てくるハンドソープではなく、液体石鹸です。「なんで?泡で出てきた方が楽なのに」と言われたら、その通りです。固形石鹸は、片手でしっかり持って、もう片方の手やタオルにこすりつけなければいけません。液体石鹸だって、出しただけでは泡にならない。両手を合わせてゴシゴシして、自分で泡立てます。正直、面倒です。それでも私は、子どもたちが小さい今だからこそ、この「面倒くささ」を残しておきたいと思っています。

AI時代に考えたい、「不便さの中の価値」

例えば、床掃除。ロボットがごみを吸い上げ、拭き掃除までしてくれますよね。でも、お家や学校で大切にしているのは、「雑巾を絞る」という、一見無駄な動き。両手を反対方向にひねりながら、力を入れる。水が残りすぎれば床はびしょびしょになるし、力を入れすぎれば手が疲れる。この感覚は、特に低学年ではまだ身についていない子も多いのですが、日々の掃除の中で少しずつ獲得していきます。蛇口をひねるのも同じです。センサータイプの水栓もある中で、あえてひねるタイプの蛇口も取り付けました。学校にもまだあるところが多いかもしれません。どれくらい回せば、どれくらい水が出るのか。手首を動かして、目で水の量を見て、力加減を調整する。そんな「無駄」や「不便さ」も、子どもにとっては学びなのです。もちろん、泡で出てくるソープが悪いわけではありません。自動水栓も、便利な家電も、わが家だって使います。私が大切にしているのは、「便利だから」という理由だけで、すべての不便を取り除かないこと。なぜなら、便利になるということは、多くの場合、これまで人間がやっていた「過程」を機械が代わりにやってくれるということだからです。固形石鹸なら、「持つ・こする・泡立てる」。雑巾なら、「濡らす・絞る・水分量を確かめる」。蛇口なら、「ひねる・水量を見る・力を調節する」。テクノロジーは、こうした過程をどんどん省略して、私たちを目的地まで連れていってくれます。それは、とてもありがたいことです。でも、子どもの発達を考えたとき、結果よりも、その途中にある過程に価値があることがあります。だから私は、ときどき考えます。「これは、便利なものに任せてもいい過程?」それとも、「今、この子に経験してほしい過程?」便利なものを使うか、使わないか。大切なのは、そこではないのかもしれません。何をテクノロジーに任せて、何を子どもの経験として残すのか。その選択が、これからますます大切になってくると思っています。

AIは「思考の過程」まで省略できるようになった

そして今、この問いは日常生活だけのものではなくなりました。AIの登場です。これまでの便利な道具が主に省略してくれたのは、私たちの「作業」でした。掃除機は掃く作業を、洗濯機は洗う作業を、自動水栓は蛇口をひねる作業を代わってくれました。でもAIは少し違います。AIは、人間の「考える過程」まで省略できるようになってきたからです。分からない→調べる→比べる→考える間違える→もう一度考える。これまで人間が時間をかけてやってきたこの過程を飛び越えて、AIは数秒で「それらしい答え」を提示してくれます。だから私は、AI時代の子育てで大切になるのは、AIを遠ざけることではなく、「どの過程までAIに任せるのか」を考えることだと思っています。AIを使えば、作文だってすぐに書けます。自由研究のテーマも考えてくれるし、分からない問題の解き方も教えてくれますね。大人の仕事なら、それによって生まれた時間を別のことに使えばいい場面もたくさんあります。でも、成長途中の子どもはどうでしょう。「何を書こうかな」と悩む。思いつかなくて手が止まる。とりあえず書いてみる。「なんか違うな」と消す。友達の意見を聞いて、「そんな考え方もあるのか」と気づく。そして、自分なりの答えをつくる。効率だけを考えれば、ずいぶん無駄な時間です。でも私は、その「無駄」の中にこそ、子どもの成長があると思っています。固形石鹸を泡立てることと、答えのない問題について悩むこと。一見、まったく違うように見えます。でも、私の中では同じです。完成されたものを受け取るのではなく、自分で過程を経験すること。これが、私の考える「アナログ力」です。

AIに任せられない「遠回り」がある

では、どんな過程を子どもたちに残しておきたいのでしょう。私は、その一つが「失敗」だと思っています。一生懸命やったのに、できなかった。悔しかった。方法を変えた。もう一度挑戦した。そして、できるようになった。AIは「失敗から立ち直る方法」を教えてくれます。でも、失敗して、それを乗り越えた経験そのものを子どもの代わりにすることはできません。試行錯誤も同じです。「どうしたらいいんだろう」と悩む。やってみる。うまくいかない。また考える。誰かに聞く。もう一度やってみる。AIに最初から正解を聞けば、省略できるかもしれない。でも、子どもの成長を考えれば、そこは省略しない方がいいこともあります。人間関係だってそうです。思いが伝わらない。友達とぶつかる。相手の気持ちを知る。言い方を変える。仲直りする。こうした過程もまた、検索して手に入れられるものではありません。

「できた」より「できるようになった」

子どもの成長を見ていると、「できた」という結果以上に尊いものがあります。それは、「できなかったことが、できるようになる過程」です。昨日まで自転車に乗れなかった子が、何度も転びながら、今日初めて一人で進めた。最初は包丁を持つ手がおぼつかなかった子が、何度も料理をしているうちに上手に切れるようになった。人前で話せなかった子が、勇気を出して発表できた。そこには、悔しさも、怖さもあります。「もうやめたい」と思った瞬間もあるかもしれません。誰かに励ましてもらった記憶もあるでしょう。そして最後に、「私、できるようになった!」という実感が残る。AIは完成品をつくることはできても、その子自身が成長することは代わってくれません。

問いは、リアルな体験から生まれる

そして、AIが答えを出してくれる時代だからこそ、これまで以上に大切になるものがあります。それは、「何を問うのか」です。「この問題の答えは何?」ではなく、「そもそも、何が問題なんだろう?」と考える。では、その「問い」はどこから生まれるのでしょう。私は、リアルな体験から生まれることが多いと思っています。泥の中に手を入れる。焚き火の熱さを感じる。野菜を育てたら虫に食べられた。お店をやってみたら、思ったほど売れなかった。友達と一緒に何かを作ったら、意見がぶつかった。「あれ?」「なんで?」「もっとこうできない?」そんな違和感が、問いの種になります。AIは問いに答えることは得意です。でも、子ども自身の身体や感情から生まれる「なんで?」は、その子にしか持てません。だからこそ、知識が簡単に手に入る時代ほど、自分の手で触ったこと。自分の目で見たこと。自分の鼻で嗅いだこと。自分で失敗したこと。自分の心が動いたこと。そんな「自分の中にしかない情報」が、その人らしい問いや発想の源になっていくのではないでしょうか。

AI時代、大人が考えたいのは「どの遠回りを残すか」

だから、わが家では今日も固形石鹸を使います。ゴシゴシこすって、「あれ?泡立たへん!」なんて言いながら。雑巾も自分で絞ります。蛇口も自分でひねります。一方で、便利な家電も使います。私自身、AIもたくさん使っています。大切なのは、「アナログが正義、デジタルが悪」ではありません。AIに任せるものと、自分で経験するものを選ぶこと。これからの子どもたちは、私たち以上に「最短距離で答えにたどり着ける世界」を生きていきます。だからこそ大人が考えたいのは、「どの遠回りを、この子に残そうか」ということなのかもしれません。失敗する。悩む。試す。手を動かす。人とぶつかる。感動する。そして、昨日とは少し違う自分になる。AIがどれだけ賢くなっても、子どもの人生を代わりに生きることはできません。だから私は、便利な時代だからこそ、ときにはあえて「面倒くさい方」を選びます。その遠回りの中でしか育たないものがある。そう思っているからです。みなさんはどうですか?

【Profile】mama先生(@itoshiki_kosodate)

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「子育ては、子どもを変える作業じゃない。親が変わることで、結果的に子どもが成長するのだ」 これは、私が大切にしている考え方です。元小学校教諭。現在は肩書きを「非正規」に変え、日本の教育社会問題の解決に挑戦しています。偏差値偏重ではなく、非認知能力を軸にした次世代教育を実践する「総合塾=ItoshikI after school」を立ち上げ、子どもたちの創造力と生きる力を育む学びを探求中。また、全国のママたちが安心して子育ての悩みを共有できる伴走型コミュニティ「ItoshikI 子育てサロン」を運営し、「教育学で考える 子育ての教科書」を用いた授業を公開。Instagramでは「学校では教わらない お家で差がつく子育て知識」を発信中。これからも多様な仲間と共に、新しい教育の未来を共創していきます。

Instagram:mama先生(@itoshiki_kosodate)

Voicy:お家で差がつく子育て知識「学校では教わらない、子育ての教科書🌱」

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