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樂 直入、最後の赤樂茶碗を造る。「一服のお茶が温かくおいしく飲めるように」

  • 2026.10.5
MASATOMO MORIYAMA

「吉左衞門」の名を次代に渡し、隠居名の「直入」を名乗る樂 直入(らくじきにゅう)さんが、自身の「喜寿」を機に、赤樂茶碗を造った。七十七、すなわち二十四。

人生の節目を迎えて手掛けた二十四碗の赤樂茶碗は、いずれも優しく温かい。しかし、これらの赤樂茶碗は、樂家の伝統への単なる回帰ではない。優しく温かな表情の底には、十五代樂吉左衞門として闘い続けてきた、前衛の先駆者としての足跡が潜んでいる。

樂家の広間の茶室「翫土軒(がんどけん)」で静かに息づく赤樂茶碗。「翫土」とは、「土を愛で、土と戯れ、土を味わう」を意味する。長きにわたり土と向き合ってきた樂 直入さんの、「喜寿」というマイルストーンが、赤樂茶碗となった。 MASATOMO MORIYAMA

赤樂を焼く ──樂家窯場にて

窯焚きの差配は、十六代吉左衞門さん(写真左)がすべて行う。黒樂で1200℃前後にまで達する窯焚きの作業は重労働そのもの。「僕も窯場に入りますが、以前みたいに徹夜はせず、深夜には退散します」と直入さん。 MASATOMO MORIYAMA


窯に火の入っていない樂家の窯場は、仄暗くひんやりとしていた。土壁の上部に張り巡らされた注連縄(しめなわ)は、火の神への祈り。その下には、窯場で使われる数々の道具が掛かる。この窯場で、春と秋に黒樂が焼かれ、その間に2回ほど赤樂の窯にも火が入る。直入さんの赤樂茶碗は昨年と今年にかけて焼かれた。焼いたのは、当代十六代樂吉左衞門さんである。

「10年近く赤樂の窯を焚いていないので、勘所がおぼつかなくなっています。ですので、焼きに関して僕はノータッチ」

「赤茶碗の表情や赤と黒のバランスは、焼き方によって引き出されてきます。また、父が使う釉薬と僕の釉薬とでは組成も少し違いますので、どのように仕上がってくるかは、窯から出すまでわからない部分も大いにあります」

仕上がりを潔く当代に任せた直入さん。こうして「樂直入造、十六代吉左衞門焼成」の赤樂茶碗が誕生した。ほぼ10年ぶりに手掛けた赤樂茶碗を、直入さんは振り返る。

「赤茶碗は土のやわらかさや温かみが濃厚で、焼き方も黒茶碗より温度が低いために、人間的な優しさが伝わってきます。僕は長い間、強い表現に突き進んできました。その分、置き去りにしてしまった一面もあります。その思いに応えるためにも赤茶碗に向かいました」

「置き去りにしてしまった」と直入さんは語る。その思いのなかには、家業としての樂家の歴史や、茶の湯の伝統に対する責任感も含まれているに違いない。

「樂家の茶碗は、篦(へら)を用いて削り込みます。父の作品は、かねてから茶碗を造形として捉えた彫刻的な篦使いといわれてきましたが、この赤茶碗にも父ならではの篦削りが随所に見られます」

前衛を走り続けてきた直入さんの足跡は、確実に息づいている。

手に馴染むやわらかな形と、手のひらに伝わる心地よい重さ。温かみのある色合いと土味。直入さんが手掛けた赤樂茶碗は樂家の伝統を纏っているように見える。しかし、複雑な肌合いや造形的な高台は、伝統と安易に手を組むことを拒むかのような、毅然とした意志をも垣間見せる。 MASATOMO MORIYAMA

赤樂を造る ──久多 (くた) 山中にて

今年で14歳になる愛犬「嬉嬉」は、山深いアトリエでの生活の伴侶。ひとり黙々と土に向かう直入さんの姿を、じっと見守り続けてきた。 MASATOMO MORIYAMA


「この前は近所に熊が出たみたいだよ」

直入さんは事もなげに笑う。京都市左京区久多。京都市街から車でほぼ1時間。滋賀県との県境にも近い山奥に、直入さんはアトリエを構える。2019年に吉左衞門の名を当代に譲り、隠居名の直入を名乗ってからは、制作の現場はこのアトリエが中心となった。

「初代長次郎は激しい思想を内包する黒茶碗を造りましたが、日常の世界に回帰していくかのような赤茶碗も一方で手掛けています。いままでは強く激しい表現を突き進んできた僕も、喜寿を迎え、10年近く遠ざかっていた赤茶碗に挑戦してみようかと。でも、自分がこれまで歩んできた方向に立ったうえでの、優しさとやわらかさ、温かみの追求です。強く激しい表現と、優しさや温かみ。両者はどこかでつながっているはずです」

去来するさまざまな思いを抱き、アトリエで土と向かう。

「形となって現れる茶碗は、初めのころは赤茶碗にしては大きすぎるものばかり。いまの僕の手に馴染んでいる寸法が大きいからです。手が覚えている寸法を小さくするのに苦労しました。意識するあまりに、小さくなりすぎたことも」

試行錯誤の後、二十四碗の赤樂茶碗が土から形となり、釉薬が掛けられた。

しかし、これらの赤樂茶碗は直入さんにとっては束の間の挑戦だった。直入さんは「僕の残り時間も少なくなってきました。音楽、絵画、現代美術などから受けた刺激を自身が反芻し、さらに高めて新しい創作につなげていきたい。だから赤茶碗はもう造りません」と断言し、来年以降から予定されている海外個展に出品する作品制作に没頭している。

ミュンヘン、ブリュッセル、ロンドン、パリ……。ヨーロッパ各地での個展は、5年先までほぼ予定が決まっている。

「ありがたいことに、方々からオファーをいただきまして」と直入さんは謙遜するが、そのオファーは「強く激しい表現を突き進んできた」作品が放つ、強力な磁場が引き寄せたものにほかならない。

土との対峙に倦(う)んだとき、直入さんは中国の古筆を手本とし自ら筆を執り、スピーカーから流れる武満徹やマーラーに身を委ねる。そして愛犬「嬉嬉」とともに山中を逍遥する。アトリエに戻ると、そこには土が待っている。さらなる強く激しい表現を土が求めている。

「老いの手習い」で始めた毛筆。全紙を埋め尽くす文字は、昂る精神のなせる業か、それとも平穏なる心の表れか。11月に京都で開催される赤樂茶碗の展覧会では、この全紙が会場の壁面を彩る。 MASATOMO MORIYAMA


幾重にも連なる山々と深い森に囲まれたアトリエ。世界が注目する直入さんの作品は、世の中から隔絶されたこのアトリエで生まれる。 MASATOMO MORIYAMA

樂 直入さんの今後の展覧会

『喜寿記念 赤茶碗 樂 直入展 十六代 吉左衞門焼』

2019年ごろから手掛けていなかった赤樂茶碗を隠居後初めて制作。今回が直入最後の赤樂茶碗となります。十六代吉左衞門との合作で、直入が造り吉左衞門が焼成。十五・十六代では初めての試みです。喜寿(七十七) にちなみ、24碗が出品されます。

DATA
会期/2026年11月11日(水)〜 16日 (月)
時間/10時30分~20時
会場/京都髙島屋S.C. 6階 美術画廊
Google mapで確認
京都市下京区四条通河原町西入真町52
会期中無休

※2027年以降の海外での展覧会に関する詳細は「樂美術館」のウェブサイトをご覧ください。

【樂 直入さん席主による茶会 10名限定特別プランのご案内】

京都・樂美術館で開催される「水月雪花之茶会(みなづきせっかのちゃかい)」。喜寿の節目に造られた赤茶碗や歴代の樂茶碗を実際に手に取り、お茶を味わう茶会。婦人画報特別プランをご用意しました。

日時/2026年12月13日(日)15時~
場所/樂美術館(京都市上京区油小路通一条下ル)
定員/10名
※1名もしくは2名一組でお申し込みください。
※応募者多数の場合、編集部にて選定いたします。
参加費/1名18,000円(税込)

応募開始日/「婦人画報&美しいキモノプレミアム」有料会員先行:2026年10月1日(木)12時(正午)~、一般:2026年10月5日(月) 12時(正午)~

申し込み締切/2026年11月1日(日)23時59分着信有効
お申し込み・詳細はこちら

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撮影=森山雅智 取材・文=櫻井正朗 編集=吉岡尚美(婦人画報編集部)

『婦人画報』2026年11月号より

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