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「お見舞い行ってあげたら?」に「今忙しい」と返した兄から、退院後に届いた頼み事2通→私が返した一言

  • 2026.10.5
ハウコレ

退院してすぐ、兄から個別のメッセージが2通続けて届きました。どれも頼み事で、こちらの体調を気にかける言葉はひとつもありません。だから私は、入院中の3週間の思いのたけをそのままぶつけることにしました。

病室のドアが開くたびに顔を上げていましたが、3週間で1度も現れなかった顔がありました。

家族チャットの「今忙しい」

駅の階段を踏み外して右足首を折り、そのまま入院になりました。松葉杖もまだ使えない最初の数日、着替えを運んでくれたのは母と父です。妹は仕事帰りに雑誌と炭酸水を差し入れ、友人たちは休みのたびに交代でお土産を持って現れました。

家族のグループチャットには、母から「お兄ちゃんも、お見舞い行ってあげたら?」と投稿されています。兄の返事は「今忙しい」の一言。それきり兄の名前がチャットに出ることはなく、ベッドの上でその画面を何度か開いては閉じました。忙しいなら仕方ない。そう思い込むことに決めて、通知を切ったのはその日のうちです。

退院の報告に、返事はなかった

リハビリを終えて、痛みも引いて退院。家族チャットに「無事退院しました」と写真をつけて投稿すると、母と父と妹からすぐに祝いのスタンプが並びました。兄の欄は既読のまま。

その代わりに届いたのが、兄からの個別のメッセージです。

「ごめん、ちょっと金貸して」

続けて「あと車も一瞬だけ貸して」。2通が並び、体調を気にかける言葉はどこにもありません。足がどうなったのかさえ聞かれていない。松葉杖を返しに行った病院の帰り道、その2通を何度も読み返しました。

私が助けてほしかった時

思い出したのは、ベッドの柵につかまって1人でトイレへ向かった日のことです。誰かに「大丈夫?」と聞いてほしかったのは、あの時でした。今の私はもう自分で歩けて、車も運転できて、困っていることは何もありません。困っているのは兄だけ。

「私が入院した時には心配してくれなかったのに、自分は助けてもらえると思うなよ」

そう打って送信しました。すぐに既読がつき、少し間をおいて「家族なんだから助けろよ」とだけ返ってきました。

お金も車も、全部断りました。画面を伏せてテーブルに置きました。

そして...

退院祝いに妹がくれた靴を、今は毎日履いています。兄からその後、連絡はありません。困った時にだけ思い出される妹でいるつもりはないと、あの2通に教えられました。

(20代女性・事務職)

本記事は、ハウコレ読者への独自アンケートに寄せられた実体験をもとに制作していますが、個人が特定されないよう、一部設定を変更しています。

(ハウコレ編集部)

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