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50歳で、ゴルフ場で一目惚れした“17歳年下”と再婚した【ダンディ俳優】の現在

  • 2026.10.30
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2011年10月、再婚を明かした黒田アーサー(C)SANKEI

15年前の2011年10月、俳優の黒田アーサーが都内で再婚の記者会見を開いた。当時50歳。お相手は名古屋市在住、17歳年下の一般女性である。

会見場に現れた黒田は、「今度は大丈夫」とガッツポーズ。さらに、自分で描いた婚約者の似顔絵まで報道陣に披露した。

出会いのなれそめから挙式の日取り、披露宴の会場、さらには生まれてきてほしい子どもの話まで、黒田は次々と明かしていった。50歳の新郎が見せたあまりの“浮かれっぷり”は微笑ましくもあったが、いま振り返ると、この日の黒田は単に舞い上がっていたわけではなかった。

あの日に口にした挙式と披露宴の日取りを、彼はその後、見事なまでにそのとおり現実のものにしていくのである。

ゴルフ場での一目惚れ

ふたりの出会いは2009年の春ごろ、知人のゴルフコンペだった。一緒にコースを回り、「僕の一目惚れ」と黒田は明かした。その日のうちに連絡先を聞き出すと、1か月後には初デートへ。ドライブからのお台場で映画鑑賞という王道コースで距離を縮めていった。

お相手は名古屋で、ネイルを中心にした美容関係の仕事をしている女性。東京と名古屋の遠距離恋愛となったが、ふたりは携帯電話でまめに連絡を取り合い、その恋を実らせた。

婚約者の話になると、黒田はもう止まらない。昭和の匂いを感じさせる素敵な人で、心優しく控えめ、年下なのにしっかりしていると、デレデレの様子で褒めちぎった。極めつけは、17歳も年下の彼女を「母親のように守って叱ってくれる」と表現したことだった。一度目の結婚にも触れ、今度こそ末永く幸せになりたいと話した。

ちなみに、出会いのきっかけがゴルフというのも実に黒田らしい。会見の直前には八千代カントリーで「男塾コンペ」に出て、直後には、はたけんじが主催する150人ほどの大コンペ「マネマネカップ」に参戦している。人生の節目であっても、黒田アーサーの辞書にゴルフ休みの文字はなかったようだ。

プロポーズより先にお母さんの承諾

会見のハイライトは、実はまだプロポーズをしていないという告白だった。

彼女本人にきちんと伝えるより前に、彼女の母親へ結婚したいと申し出たら、承諾されてしまった。肝心のプロポーズは指輪を渡すときにでも、と話す、なんとも順番が逆なエピソードである。

プロポーズは後回しなのに、スケジュールのほうはすでに完璧に組まれていた。会見の時点で、12月4日にサイパン島で挙式し、翌年2月4日に都内のホテルで披露宴を開く予定が決まっていた。入籍は、年内か年明け早々にするつもりだった。

さらに子どもの話になると、芦田愛菜のような子が生まれたら最高だと言い、女の子と男の子が一人ずつほしい、一緒にゴルフがしたいと夢をふくらませた。そして、温かい家庭を築き、守る人がそばにいてくれることが仕事の励みにもなると語り、「新たな黒田アーサーを見せたい」と力を込めた。

会見の当日、黒田は自身のブログでもファンに向けて婚約を報告し、17歳差の歳の差婚だが、これからは二人で助け合いながら温かい家庭を築きたいと書いた。

その後、引き寄せの法則かのように小さな奇跡も起きている。会見からわずか3週間後の11月、『メレンゲの気持ち』の収録現場で、なんと芦田愛菜本人と対面を果たしたのだ。ブログには、大好きな芦田愛菜ちゃんと会えてもう超感激でした、と綴っていた。

また同じ年の秋には、東京・中野に自身のカフェ「Cafe de Arthur」をオープンすることを発表。プレオープンを11月1日、オープンを11月11日と、すべて「1並び」にこだわるチャーミングな一面も見せていた。

予定どおりの12月4日と2月4日

そして迎えた12月4日。黒田は会見で宣言したとおり、サイパンの地で挙式を行った。

式の当日、ちょっと緊張しているとブログに書き込んで向かったのは、ハイアットリージェンシーサイパンの中にある教会だった。地元紙のサイパン・トリビューンによれば、式は小雨の日曜の午後に、家族や友人ら少人数で挙げられた。日本の領事やサイパンの市長夫妻も出席し、TBSのクルーも撮影に訪れていた。黒田が英語で、地元のニュースの単独インタビューを受ける一幕もあった。

年が明けた2012年2月3日、黒田は最終確認のためにパークハイアットを訪れ、妻と二人で“前夜祭”を開いた。そして翌2月4日、黒田は会見で話したとおりの日に、披露宴を無事に終えた。ブログには、今日はゆっくり寝ることにします、と書いている。

だが、その休息も束の間。披露宴のわずか3日後には、六本木の俳優座劇場で舞台『爆笑喜劇 次郎長 なが~い目でみてください』の幕が開いた。小松政夫やケーシー高峰といった大先輩たちと同じ楽屋で過ごし、東京公演を終えた翌日には名古屋でパーティーの司会を務め、その次の日には博多入りという多忙ぶりだった。

夏の誕生会と65歳のアルバム

会見から15年。黒田のSNSを覗けば、そこには変わらぬ仲睦まじい夫婦の日常がある。

2024年、そして2025年の夏にも、インスタグラムには妻・志保さんの誕生日を祝う投稿が並んだ。2024年は外出するには暑すぎると自宅で、2025年は愛犬のマークも一緒に入れる店で、家族3人の誕生会を開いている。2025年の投稿には、いつまでも仲良くね、とハッシュタグを添えた。これまでにも、結婚12周年を記念したディナーの写真などを公開してきた。

さらに2026年2月には、65歳にしてファーストアルバム『Sunrise Sunset』を配信した。50歳の会見で「新たな黒田アーサーを見せたい」と力を込めてから15年が経った今も、そのアップデートはまだ続いている。

自作の似顔絵まで用意し、のろけ話を惜しげもなく披露し、挙式の日取りから家族計画までを包み隠さず明かした、あの日の再婚会見。一見すると幸せの絶頂で舞い上がっているようにも映ったが、あれは彼なりの、覚悟の公開宣誓だったのだろう。


※記事は執筆時点の情報です

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