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亡き父の“誕生日”に挙式…15年前、“6年愛”を実らせ人気女子アナと結婚した【国民的デュオ】のリーダー

  • 2026.10.30
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2011年12月、ニッポン放送『ラジオ・チャリティ・ミュージックソン』を終え取材に応じる北川悠仁(C)SANKEI

15年前の2011年10月、ゆずの北川悠仁がフリーアナウンサーの高島彩との結婚を発表した。記者会見は開かず、ファンに向けて届けられたのは、公式サイトに掲載された直筆のメッセージだった。

生涯の伴侶を得たことを伝える文章だ。だが、読み進めるうちに気づかされるのは、文章の後半がまるまる「ゆず」への想いで埋め尽くされていることだ。家庭を築く決意とまったく同じ筆致で、相方への気遣い、ファンへの感謝、そして翌年の活動予告と、ゆずのリーダーとしての言葉が並んでいた。

亡き父の誕生日を選んだ挙式

挙式が行われたのは、山梨の身曾岐神社。10月20日の昼、両家の親族や相方の岩沢厚治ら約60人に見守られながら、ふたりは神前で契りを交わした。

あえてこの日を選んだのには理由がある。10月20日は、2008年6月に他界した北川の実父の誕生日だったのだ。父を見送ったことが、人生の伴侶と家庭を持つことを意識するきっかけになった。式を終えると地元の横浜へと戻り、区役所に婚姻届を提出。世間への結婚発表はその日の夜のことだった。

ふたりの出会いは2005年。ゆずがフジテレビ系『めざましどようび』のテーマソング『陽はまた昇る』を手がけたことがきっかけとなり、6年の交際を経てゴールインを迎えた。

直筆のメッセージの中で、北川は高島を、女性として、また人として尊敬でき、温かく飾らない心を持つ人だと書いた。そして、「支え合い、分かち合い、刺激し合い、そして微笑み合い」、自分たちの家庭を築き、共に生きていく決意を綴った。

相方に続いた結婚と「ゆずらしい」の一言

だが、この結婚報告が今なお印象深いのはここからだ。

実は相方の岩沢も、ちょうどその前月となる9月25日に結婚したばかりだった。横浜で行われた岩沢の披露宴には、もちろん北川も出席している。

2か月続けてのおめでたい報告に、北川はメッセージの中で触れ、先月の岩沢君の発表に続いてびっくりさせてしまっていたらすみません、と書いた。そして、「ゆずらしいという事で、どうかお許し下さい」と続けた。人生の大きな節目さえも「ゆずらしい」の一言でまとめてしまう。長年苦楽を共にしてきた相方との阿吽の呼吸と、絶妙な距離感が見える一節だと思う。

そしてメッセージは、私生活の報告からそのままファンへの宣誓へと移っていく。一日一日を大切に、これからもゆずのリーダーとして、みんなが元気になり笑顔になれるような音楽を作り続け、届け続ける。そう誓ったあとに、北川は「来年はゆずデビュー15周年!!」と書き、いろんなことを用意していると予告した。

結婚の報告に、翌年のアニバーサリーの予告を書き添える。その視線はすでに次のステージと、待ってくれているファンへ向いていたように見える。

自分の肉声で結婚を伝えたのは、5日後の10月25日、レギュラー番組『ゆずのオールナイトニッポンGOLD』でのことだった。番組の冒頭で岩沢から祝福を受け、北川は改めて挙式と入籍を報告。リスナーから殺到した祝福メールを受けて、言葉で言う機会が今までなかったからと、この場を借りて感謝を述べ、最後はこれからもゆずをよろしくお願いしますと結んだ。どこまでも「ゆず」が主語の結婚発表だった。

震災の仙台で立ち返った「路上の原点」

思い返せば、この2011年は、ゆずが原点に立ち返った1年でもあった。

未曾有の被害をもたらした東日本大震災で、アリーナツアーの宮城・セキスイハイムスーパーアリーナ公演は中止を余儀なくされた。だがふたりは立ち止まらなかった。本来アリーナ公演が予定されていた5月3日、ゆずは仙台市民広場で13年ぶりとなるストリートライブを開いた。

集まった3000人のファンを前に、用意されたのはアコースティックギター2本と、ふたつの歌声だけ。『Hey和』や『栄光の架橋』など9曲を歌い上げた。

終演後のコメントで、ふたりは「路上の原点に戻った様で」と述べ、お客様の笑顔が本当にうれしかったと振り返っている。その年の大晦日、紅白歌合戦のステージで彼らが歌ったのも『Hey和』だった。

明けた2012年、メッセージでの予告どおり、ゆずは15周年を迎える。6月3日、東京ドームを埋め尽くした4万9139人の大観衆を前に、北川は横浜・伊勢佐木町の路上で歌っていた日々の記憶を振り返った。

始めた頃は聴いてくれる人さえいなかった。1年ほど経ち、初めてリクエストをしてくれた人がいて、人に聴いてもらえるのはなんてうれしいことなんだろうと思った。その気持ちは、デビューから15年たった今も変わらずに生き続けている、と北川は語った。

30周年の幕開けを告げる横浜のステージへ

その後、北川と高島の間には、ふたりの娘が誕生した。次女が生まれた2016年には、連名のコメントで、家族の日々がますますにぎやかに面白くなりそうだと書いている。

そして、ゆずの音楽もまた、歩みを止めることはなかった。

今年2026年3月には全曲新曲のニューアルバム『心音』をリリースし、5月からはキャリア初となる弾き語りアリーナツアーを敢行。開幕の地は、宮城・セキスイハイムスーパーアリーナ。15年前、震災によって公演の中止を余儀なくされた、あの会場だった。

全国10か所21公演、のべ22万人を動員したツアーのファイナル・横浜アリーナでは、路上ライブをしていた伊勢佐木町にあった松坂屋の映像を背に、マイクを通さない生声で『雨と泪』を歌った。通算87回目となった横浜アリーナのステージで、北川は、デビュー当時はまさかここで87回もライブができるとは思っていなかったと、ファンへの感謝を伝えた。

2026年10月23日からの3日間、ゆずは地元・Kアリーナ横浜で「ゆず 30周年開幕記念ライブ 心をとめないで」を開催。2027年のCDデビュー30周年に向けた、新たな祝祭のキックオフだ。結婚報告に、まるで少年のように15周年の予告を躍らせていた男が、15年たって、今度は30周年の始まりを横浜で迎えている。

34歳のあの日、北川悠仁は同じ紙面に、伴侶への思いと相方への親愛、ファンへの約束を書き連ねていた。亡き父の誕生日に式を挙げて家庭を築き始めた北川は、2027年1月14日、自身の50歳の誕生日をパシフィコ横浜でのバースデーライブで迎える予定だ。


※記事は執筆時点の情報です

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