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26年前、突じょ3人→2人に。中心メンバーが離脱…不安を抱えた【平成の人気ユニット】ボーカルが“初めて作曲”した表題曲

  • 2026.11.2
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2001年5月、千葉県・市原市民文化会館で行われたEvery Little Thingのライブより(C)SANKEI

1990年代後半、テレビの歌番組やCMからは、打ち込みで磨き上げたきらびやかなポップスが絶え間なく鳴り響いていた。機械が正確に刻むビートの上に、澄んだ歌声と流麗なギターの旋律が重なる。その眩いデジタルポップの象徴として時代を牽引していたのが、Every Little Thingだった。

ところが2000年、グループは大きな転換点を迎える。大半の曲と詞を手がけてきた五十嵐充が離脱し、持田香織と伊藤一朗の2人が残された。五十嵐の曲でなくなっても、果たしてグループとして成り立つのか。持田自身がそんな深い不安を抱えていたことを、のちに率直に明かしている。

だが、2人体制で出したシングル『fragile』が大きな手応えとなり、2人になって初めてのアルバム『4 FORCE』と全国ツアーを経て、前作『Graceful World』から約8か月。2001年秋、19枚目のシングルとして届いたのがこの曲だった。バラードや穏やかなミディアムテンポが続いた流れから一転、久しぶりの直球のアップテンポだった。

Every Little Thing『jump』(作詞・作曲:持田香織)ーー2001年10月17日発売

「打ち込みのユニット」として2人を記憶している人ほど、この曲の鳴り方には息を呑んだはずだ。ここには、それまでの彼らの楽曲にはなかった、生身の人間の手で鳴らされたリズムの生々しい熱量がある。

有機的なビートを選んだ録音

デビュー以来、Every Little Thingの曲作りは、打ち込みで組んだ精緻な土台にギターと歌を重ねていく手法がほとんどだった。その2人が、この『jump』でドラムとベースを生演奏でレコーディングすることを選んだ。

打ち込みのリズムは、決めたとおりの位置に寸分違わず音が落ちる。対して人が叩くドラム、人が弾くベースには、わずかな前のめりや溜めが生まれ、ドラムの一打ごとにスタジオの壁や床の響き、部屋の空気感までもが一緒に録られる。同じテンポであっても、前者が磨かれた床を滑るように進むとすれば、後者は地面を足裏で力強く蹴って進む。その違いが曲の手触りを根本から変える。打ち込みのビートが耳に心地よく届くのに対し、人の手のビートは耳を通り抜けて先に体へと飛び込んでくるのだ。

しかも録音に使ったのは、アナログのマルチトラック・レコーダーだった。磁気テープに楽器ごとの音を重ねていく昔ながらの録音機だ。そのぶん現場はかえって熱気で沸いた。

打ち込みの精度で時代の音を作ってきたユニットが、あえて揺れの残る録り方に身を預けた。そこには、2人で何ができるのかを自分たちの手で確かめにいく覚悟がにじんでいる。

添え役だったギターが曲を前へ押し出す

生のリズムが入って最もはっきり変わったのは、伊藤一朗のギターの立ち位置だ。打ち込みの土台の上では、ギターは電子音の層に寄り添う上物のひとつだった。『jump』では、そのギターが生のドラムやベースと同じ足場に立ち、アンサンブルを前へ押し出す推進力そのものになる。

形でいえばパンクの勢いを借りたストレートなロックナンバーで、それまでの2人の曲とは明らかに手触りが違う。人の手のリズムと並んだとき、ギターはアンサンブルの中で火花を散らす演奏者のひとりになり、ドラムやベースと押し合う手応えそのものが曲の熱になる。

編曲を担ったのは村田昭。オルガンの音色に定評があり、当時矢井田瞳の制作チームにも加わっていたキーボーディストだ。勢いで押し切るロックの中に温かい鍵盤の色が混ざることで、この曲は荒々しさだけでは終わらない。

ギターが道を切り開き、鍵盤がその道に光を差す。激しく疾走しながらも、聴き終えたあとに晴れやかさが広がるのはこの配分の妙だ。2人がもともと持っていた明るいポップの芯は、ロックの衣を着ても決して失われていない。

自分の声の映え方を知る人が書いた旋律

『jump』は作詞・作曲とも持田香織による。Every Little Thingのシングル表題曲を持田が作曲したのは、この曲が初めてだった。持田自身、この曲ではかなり挑戦した感覚があり、2人のユニットだからいろいろなことを試せたと語っている。

自分の声がいちばん映えるキーや、言葉が気持ちよく転がる速さを、歌う本人ほど知る人はいない。この曲の旋律は、跳ねるビートの弾みに合わせて言葉を置いていくように書かれていて、持田の歌も生のリズムに引っぱられるように軽やかに弾む。

書き手としての持田が初めてシングルの看板に掲げた旋律は、しっとりしたバラードではなく、跳ねるロックだった。リズムの録り方でも旋律でも、2人が自立の一歩を踏み出した曲だと言える。

色のない毎日から二人で跳ぼうと誘う

詞が描くのは、平板で色のない日々を送っていた語り手が、ある人と出会って満たされ、二人で高く跳ぼうと呼びかけるまでの心の動きだ。前向きなラブソングである。

繰り返される「jump」のひとこと、そして踊る、弾けるといった、体が自然と動き出す言葉の多さが目を引く。恋の高揚を心の中の出来事としてではなく、体の動きとして描いている。だから、人の手で鳴らされたビートと放たれる言葉がぴたりと噛み合う。

物語が満たされたところからではなく、代わり映えのしない日々から始まる点も大きい。恋の歌でありながら、退屈な毎日から抜け出したい気分にもそのまま重なる。聴くたびに背中を軽く押されるような前向きさは、そこから来ている。

秋口からは、カネボウ「プロスタイル」のテレビCMイメージソングとして、持田本人が出演するCMで流れた。

人の手のビートが客席を立たせた夜

発売から2年近くがたった夏、NHKホールのステージで、『jump』はコンサートの1曲目に置かれた。2003年7月2日のことだ。幕開けからこの曲が鳴ると1階席はほぼ総立ちになった。この夜の持田はモニターに足をかけ、跳び、宙を蹴ってみせた。

スタジオで人の手が鳴らしたビートは、ステージで客席の体を跳ばせる力になった。打ち込みのきらめきの中から現れた2人が、2人だけになって手にしたのは、聴く人の足を床から離させる鳴りだった。

きらびやかな電子音の記憶とともにこの2人を思い出す人にこそ、あらためて聴いてほしい。整った音の向こう側から、2人が自分たちの手と声で鳴らした最初の足音が、はっきりと聞こえてくるはずだ。


※この記事は執筆時点の情報に基づいています。

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