1. トップ
  2. エンタメ
  3. 8年前、突じょ活動休止→メンバー“脱退”を経て復活した【人気ヒップホップグループ】が勝負した一曲

8年前、突じょ活動休止→メンバー“脱退”を経て復活した【人気ヒップホップグループ】が勝負した一曲

  • 2026.11.2
undefined
2002年12月、日本武道館で行われたRIP SLYMEのライブより(C)SANKEI

いまこの曲を検索すると、ストリングスの響きに包まれた5人の一発撮りの映像に行き当たる。2025年9月、YouTubeチャンネル『THE FIRST TAKE』に8月の『熱帯夜』に続いて登場したRIP SLYMEは、グループとしてメディア初となるストリングスを加えたアレンジでこの曲を歌った。

その少し前、期間限定で再集結した5人は、同年7月16日発売のデビュー25周年記念ベスト『GREATEST FIVE』にこの曲の歌い直しを収録している。

RIP SLYME『One』(作詞:RYO-Z・ILMARI・PES・SU/作曲:PES)ーー2001年10月11日発売

では、出たころの『One』とはどんな曲だったのか。それは2001年10月11日に発売された、メジャー3枚目のシングルだった。周年の看板も豪華な共演もない。4人のラッパーと1人のDJが、自分たちの言葉と口ずさめる旋律だけで勝負した1曲だった。

それぞれが歩む人生を歌ったその曲が、四半世紀近くを経て5人の絆を結び直し、幕引きを飾るアンセムへと育っていく。その道のりを、いま改めて辿り直してみたい。

ビートの作り手が編曲へ回り旋律が前に出た

2001年は、日本語ラップが一般リスナーのすぐそばまで急速に近づいていた年だ。同じクルーにルーツを持つKICK THE CAN CREWがメジャー進出を果たしたのも、この年のことである。

RIP SLYMEのメジャー1作目『STEPPER'S DELIGHT』と2作目『雑念エンタテインメント』は、いずれもDJ FUMIYAの作曲だった。ビートを組むDJが曲の骨格を作り、MCが言葉を乗せる。ヒップホップとして王道の形だ。

しかし3作目の『One』で、メジャーの表題曲として初めてPESが作曲を担当する。FUMIYAは編曲へ回り、カップリングの『Today』もPESが書いた。

変化は耳でわかる。ビートに言葉を乗せるだけでなく、サビには誰もが口ずさめる旋律がある。MCごとに声質も言葉の詰め方も異なるが、どれほど自由にラップで走っても、サビに戻ればリスナーも一緒に歌える。熱心なヘッズ向けの一曲から、誰もが口ずさめる曲へ。グループが「歌」へと大きく踏み出した転機が、この3枚目だった。

ジャンルの垣根を知らない耳が生んだメロディ

PESは、自身がゼロから思いついてメンバーに提案し、形になった曲として『One』と『黄昏サラウンド』を挙げている。インディーズ初のシングル『白日』(1996年)を作曲したのもPESであり、メロディを書く才覚は最初期からあった。

ヒップホップもアシッドジャズもロックも垣根なく聴いて育ったPESは、Dragon Ashとの出会いを機に、自ら楽器を演奏して歌うことへも前向きになっていく。

あらゆる音楽を同列に愛聴してきた彼には、ラップに流麗な旋律を通すことへのためらいがなかったのだろう。ひとりで思いついた節回しを、4本のマイクへ渡していく。その手つきに、ソングライターとしての出発点が見える。

旋律はPESひとりの頭から生まれ、歌詞は4人がそれぞれに書く。一人が骨格を用意し、全員で言葉の肉づけを分け合う。この5人ならではの制作手法が、そのまま楽曲のあたたかな手触りとなっていた。

早朝の街も人魚も窓辺もやがてひとつの愛へたどり着く

サビが歌うのは、大仰な夢や希望ではない。人にはそれぞれ一つの人生があり、自ら選んだスタイルがあるという等身大の肯定だ。

歌詞は4MC全員によるマイクリレーで紡がれる。早朝の騒がしい街から一人抜け出す者、陸に上がる人魚にたとえて旅立つ者、晴れた午後に窓を開け放つ者。登場するのは、暮らしのささやかな情景ばかりだ。朝の街の音、海と陸の境目、午後の窓から入る風。劇的な事件ではなく、日常の手触りだけで旅立ちと解放を描き切る。

バラバラだった4つの景色は、曲の後半、互いの声を一人ずつ重ねる中で、やがてひとつの愛へと行き着く。一人ひとりの景色から始まり、全員の声で終わる構成は、タイトルである「One」の言葉そのものだ。

背中を強く押すのではなく、あなたの選んだ道でいいと、静かに横から肩を並べてくれる。メジャー初期の5人が鳴らした肯定には、押しつけがましさのない優しさがある。

上り坂の入り口でポップスシーンへ伸びた軌跡

『One』のヒットを経て、グループは『FUNKASTIC』、『楽園ベイベー』と快進撃を続け、『One』を収めた2ndアルバム『TOKYO CLASSIC』(2002年)で人気は一気に爆発する。日本武道館でのワンマン公演へも進み、『One』はのちのベスト盤『Good Job!』にも収録された。

PESの作曲はその後も『黄昏サラウンド』『Hot chocolate』『Tales』『SCAR』へと続き、その才能はグループを越えてSMAPへの楽曲提供へと繋がる。2014年1月の『SMAP×SMAP』では、『SLY』『One』と、グループで提供した『Going Over』のメドレーでSMAPと共演した。

仲間のマイクへ渡された旋律は、10年あまりのちに国民的グループの声とも重なり合った。『One』は単なる初期のシングルにとどまらず、PESの作曲の系譜の起点であり、ポップスシーンへと伸びていく架け橋でもあった。

幕引きの夜にも鳴り響いた始まりのアンセム

だが、5人の時間はそのまま続きはしなかった。2018年の活動休止、2021年のPESの脱退公表を経て、2022年からはRYO-Z、ILMARI、DJ FUMIYAの3人で活動を再開。そして2025年4月、期間限定で5人が再び揃った。

再集結のあいだ、この曲はメディアでも存在感を放った。2025年10月には『櫻井・有吉 THE夜会』で歌い、同月の『EIGHT-JAM』の特集でも話題にのぼった。活動休止前最後のテレビ出演となった2026年3月13日の『ミュージックステーション』では、『どON』とともに『One』が披露された。

そして2026年3月20〜22日、TOYOTA ARENA TOKYOでの3夜公演で5人は幕を下ろす。最終日、『STAIRS』『黄昏サラウンド』に続いて届けられたのが『One』だった。PESがゼロから着想してメンバーに渡した2曲が、ラストステージで並び立った。この最終日の模様は、2026年9月に映像作品としてリリースされた。

一度はグループを離れたPESが、自ら書いた旋律の上で、もう一度4人と同じ舞台に立つ。2001年に4つのマイクへ分けられた節回しは、終わりの夜、5人を再びひとつに結びつけるための調べとなっていた。メジャーの表題曲として初めて書いた歌が、四半世紀近くを経て5人の最後の時間を支えていたことに、深い感慨を覚えずにはいられない。


※この記事は執筆時点の情報に基づいています。

の記事をもっとみる

注目コンテンツ