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岡村靖幸プロデュースでデビュー→ラジカセ4台で曲を作った【ギター少女】自作曲タイトル“3文字”に隠された本音

  • 2026.10.28
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1997年7月、渋谷公会堂で行われた川本真琴のライブより(C)SANKEI

「D・N・A」

アルファベット3文字を点で区切る。生命の設計図であり、親から子へ受け渡されていく遺伝子の本体となる物質の名前。恋の歌のタイトルとしては、ずいぶん硬い言葉に映る。

ところが曲の後半まで聴き進めると、この3文字は鮮やかに反転する。頭文字をつなぐとD・N・Aになる行が続き、遺伝子の名前が「大嫌い」「なのに」「愛してる」と読めてしまうのだ。硬い言葉の内側に、いちばん柔らかくて扱いにくい本音が隠されていた。

川本真琴『DNA』(作詞・作曲:川本真琴)ーー1996年10月2日発売

早口で駆け抜ける勢いに押され、仕掛けに気づかないまま口ずさんできた耳もあるだろう。近づくほど相手を「他人」だと感じてしまう矛盾を抱えて走るこの歌は、川本真琴が表題曲で初めて詞も曲も自分で書いた、2枚目のシングルである。

頭文字に並んだ正反対の気持ち

仕掛けが姿を現すのは曲の後半だ。「だ」「な」「愛」で始まる言葉を並べた行が4回続き、頭文字をつなぐとD・N・Aになる。歌詞カードにも、しっかりと(D)(N)(A)の表記がある。遺伝子の本体を指す3文字と、「大嫌い・なのに・愛してる」という気持ち。ふたつの意味が、聴き手の耳元で鮮やかに重なり合う。

言葉遊びとして見れば、放課後のノートの端に書いた暗号のような気安さがある。だがそこに並んでいるのは、嫌いだと言い切った直後にそれでも愛していると打ち消す、激しく矛盾した感情だ。白黒をつけて片づけずに、引き裂かれたふたつを同じ1行に抱えたまま、歌は先へ先へと突き進む。

好きか嫌いかを選べたら、どれほど楽だろう。「遺伝子」という言葉には、自分では選べずに持って生まれた宿命のような手触りがある。理屈で整えられない感情の暴走を、理科の言葉の中に隠す。遊びの軽快さと気持ちの重さが、同じ3文字の中で見事に釣り合っている。

近づくほど「他人」を確かめてしまう夏

物語は雨の場面から動き出す。傘も差さずに濡れていく2人。夏のドライブではコーラをこぼし、地図を窓から投げ捨てる。どこへも行けないまま、ボンネットの上でキスを交わすと、世界が静止したかのように感じる。帰りのバス停など見つからなければいい、という願いまで添えられた無鉄砲でまぶしい夏の恋だ。

ところが相手は、他人同士だから一緒にいられると言う。一番近くにいるそのときに、ふたりのあいだの埋まらない距離を言葉にされてしまう。そして歌は最後に、「他人」であることを問いかけて幕を閉じる。体を寄せ合うほど、相手が自分とは別の人間なのだとわかってしまう矛盾。育つ、つながるといった生き物の言葉が詞のあちこちに顔を出すのも、遺伝子の3文字とひそかに呼び合っている。

カップリングの『LOVE&LUNA』は、ボンネットでキスするカップルとすれ違った側から描かれた曲だ。1枚のシングルの表と裏で、まったく同じ場面を内側と外側から見つめている。当事者には世界が止まった瞬間でも、外から見れば日常のひとコマにすぎない。2曲を続けて聴くことで、「他人」という言葉の届く射程が、静かな立体感をもって広がっていく。

考えるより先に言葉がこぼれる早口

この矛盾だらけの物語を、川本真琴は息もつかせぬ早口で運んでいく。言葉をぎっしりと詰め込み、息継ぎの場所を惜しむようにリズムを刻む。旋律を歌うというより、言葉の粒そのもので拍を打っていく感覚は、ラップに通じる鋭い勢いがある。

この速さが、詞の矛盾に生々しい体温を与えている。「嫌い」と「愛してる」を並べる気持ちは、ゆっくり整理して語ればただの理屈になってしまう。早口で畳みかけるからこそ、考えをまとめる前に感情のほうが口からこぼれ出ていく。止まらない言葉の勢いが、自分でも持て余している恋の熱にそのまま重なって聞こえる。

声は高く軽やかで、それでいて言葉の輪郭がつぶれない。駆け足の中でも一語ずつが耳に引っかかり、聴き終えたあともフレーズが頭の中で鳴り続ける。8cmシングルの3曲目には伴奏だけを収めた『DNA(Backing Track)』も入っていたが、歌の抜けたトラックを聴くと、この曲の推進力の大部分が、彼女自身の言葉の速さに預けられていたことに改めて気づかされる。

ラジカセで重ねた歌がようやく表に出る

デビュー曲『愛の才能』は岡村靖幸が作曲・編曲・プロデュースを手がけ、川本真琴は作詞と歌唱を担った。そして編曲に石川鉄男を迎えた2枚目の『DNA』で、彼女は表題曲として初めて詞も曲も自分で書いている。

もともとは自身のオリジナル曲でデビューする予定だったが、ディレクターの交代で企画が変わり、提供曲でのデビューとなった。岡村靖幸の起用は、ファンだった本人の希望で実現した。

曲作りの原点はデビュー前の1994年にある。福井のチャリティーコンサートのために初めて曲を作った。その曲はラジカセを4台並べ、音を重ねていく手作りの多重録音で仕上げた。

ラジカセを並べて自分の声を重ねていた人が、憧れの人の曲で世に出て、2枚目で自らの詞と曲を表題に掲げる。頭文字の遊びも、ボンネットの上の物語も、早口の言葉も、すべてはこの人自身の手からあふれ出ている。そう思って聴き直すと、言葉の詰め込み方ひとつにも、自分の曲を世に差し出す日をじっと待っていた時間の熱がにじんで聞こえてくる。

南の島でギターを抱えたピアノ育ちの少女

フィリピンのネグロス島で撮影されたミュージックビデオも、この曲の存在を決定づけた。アコースティックギター1本で演奏するドキュメンタリー風の場面、物語仕立てのカット、夕暮れの草原。この曲と映像によって、川本真琴の人気は確かなものになった。

ギターを抱えた姿の印象が強いが、もともとはピアノの人だ。母がピアノ教師で、3歳からクラシックピアノを習っていた。トレードマークとなったギターは、デビューに合わせて特訓して身につけた楽器で、弾けるのはコード程度だという。

鍵盤の前で育った人が、南の島の草原でギターを抱えて歌う。そのずれが、かえってこの人らしい身軽さに見えてくる。弦を細かく弾き分ける腕前ではなく、言葉と声の圧倒的な勢いで曲を押し出していくからこそ、ギター1本の姿がこれほどまぶしく映る。「アコギを抱えて歌う女の子」という像がのちにひとつの型として広がっていく、その起点の一つを、この映像に見る思いがする。

出発点のすぐ隣でいまも鳴り続ける色褪せない問い

『DNA』は翌1997年の1stアルバム『川本真琴』に収められ、2022年2月23日にはソニー時代の全音源がストリーミングで聴けるようになった。2026年1月21日に出たデビュー30周年のベスト盤『ふわふわ ~ALL TIME BEST』で、『DNA』はDisc1の2曲目に置かれた。

ディスクの始まりのすぐ隣という置き場所は、自らの詞と曲が初めて表題曲になった2枚目に、あまりにふさわしい。若い頃は、地図を窓から投げ捨てる無鉄砲さがまぶしかった。けれど年を重ねて聴き直すと、ボンネットの上で一番近くにいながら距離を確かめてしまう、あのひりつくような心細さのほうが胸に残る。答えを出さずに終わる歌は、聴く側の年齢が変わるたびに、違う場所から同じ問いを差し出してくる。


※この記事は執筆時点の情報に基づいています。

(文・笄坂かける)

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