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元恋人からもらった“目覚まし時計”が火種に…【天才シンガーソングライター】が描いた本気のけんか、仲直りの決め手は“掃除”

  • 2026.10.27
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2007年1月、日本武道館で行われた映画『あなたを忘れない』の公開記念コンサートで歌う槇原敬之(C)SANKEI

ドアが大きな音を立てて閉まり、部屋にはまだ枕の羽根が舞っている。言い争いのきっかけは、前の恋人からもらった目覚まし時計だ。何度やめてと言われても使い続けてきたその時計が、今夜とうとう2人を本気のけんかへと追い込んだ。

ありふれた恋人どうしの、ありふれた夜の口げんかである。ところがこの歌は、そのいさかいを遠くから要約したり甘い感傷で包んだりしない。秒を刻む時計の音、宙に浮いた羽根、閉じたドアと、小道具をひとつずつ置きながら、口論の始まりから仲直りの呼びかけまでを、場面を飛ばさずにひと続きの時間として追いかけていく。

槇原敬之『どうしようもない僕に天使が降りてきた』(作詞・作曲:槇原敬之)ーー1996年9月25日発売

耳慣れたポップスでも、言葉の側からたどり直すと、1本の芝居の脚本のような緻密な骨格が見えてくる。しかもこれは、英語で歌った季節を抜けた槇原敬之が、ひさしぶりに日本語で書き下ろした物語でもあった。

暮らしの小道具を拾い上げる

この曲が出るまでの1996年、槇原は「MAKIHARA」名義で英語の歌作りに集中的に取り組んでいた。4月10日に英語詞シングル『SECRET HEAVEN』、7月10日に『COWBOY』をリリースし、7月25日には全曲を英語詞で歌ったアルバム『Ver.1.0E LOVE LETTER FROM THE DIGITAL COWBOY』を届けている。

そうした英語詞の作品が続いたあとの9月25日、本作は『SPY』(1994年8月25日発売)以来、約2年ぶりの日本語詞シングルとして世に出た。

英語という別の言葉で歌う時間をくぐり抜けたあとに、日本語のこまやかな手ざわりで勝負する1曲を差し出す。その選択に、ソングライターとしての確かな手つきを感じる。目覚まし時計、枕の羽根、近所の空き地。どれも英語に移すと生活のリアルな体温が抜けてしまいそうな、日本の暮らしの細部ばかりだ。

日本語に戻って真っ先に歌ったのが、大きな愛の宣言ではなく、時計1個をめぐる小さなけんかだった。そこに、身の回りの物から恋の温度を測ってみせる、この人の歌の芯がのぞく。1か月後の10月25日には、この曲を3曲目に収めたアルバム『UNDERWEAR』が発売された。シングルはそのアルバムに先立って、日本語の歌への帰り道を照らす最初の一歩となった。

手放せない時計が火をつけた今夜のけんか

物語は、ひとつの部屋から動き出す。けんかの火種になっている目覚まし時計は前の恋人からもらった物で、主人公は彼女に何度言われても使い続けてきた。目覚まし時計は、毎日いちばん近くで鳴る生活の道具だ。その身近な品が手放せない過去の顔をしているのだから、彼女の怒りには言い分を聞く前から誰もがうなずけてしまう。

耐えかねた彼女はその時計を持ったまま家を飛び出していく。刻みつづける秒針の音が、主人公の耳には時限爆弾そのものに聞こえる。大げさなたとえに見えて、男の側の焦りを生々しく映している。止めたくても止め方のわからない音が、夜道へ走り出す背中を容赦なく追い立てる。

脚本でいえばト書きにあたる説明を、歌は物の様子だけで済ませてしまう。誰がどれほど怒っているかを言葉で説明しなくても、散らばる羽根と時計とドアの音で、聴き手は緊迫した部屋の空気をすっかり感じ取れる。

枕から舞い上がった羽根も、この時点ではけんかの激しさが残した散らかりにすぎない。だが、走る2人の髪や服から、その羽根が夜道に点々と落ちていく。

走りながら、主人公は付き合ってもうすぐ1年になる時間を振り返る。キスも抱きしめることも、慣れた仲の延長のように甘えて考えていた自分がいた。この回想が追走の途中に差し込まれることで、夜の痴話げんかに1年分の重みが加わる。火種は小さな目覚まし時計でも、2人の間に積もっていたのは無自覚な慣れのほうだった。その切ない事実が、ここで静かに見えてくる。

散らかった羽根が空き地で翼に変わる

主人公は、彼女が近くの空き地にいると見当をつけて走る。本当は探しに来てほしいのだろう、と思いながら。

空き地で見つけた彼女は、他人のようによそよそしく頭を下げ、2人の愛を勘違いしないでほしいと告げる。そして両手を空へ上げて時計を放ち、誰かを見送るように静かにほほえむのだ。

羽根をまとったまま両手を上げたその姿が、ここで天使に重なる。部屋で散らばっていた羽根が、空き地では翼の見立てへと一気に変わる。曲名の真意がすとんと胸に落ちるのは、まさにこの場面だ。時計を空へ放つ手つきには、主人公が手放せずにいた過去を、彼女が代わりに見送ってくれたような優しさを感じる。怒って飛び出した人が、最後にはほほえんでいる。その表情の鮮やかな変わり目を、歌はたった数行の情景で見せてしまう。

主人公が気づくのは、壊れた時計よりも彼女の心のほうがずっと傷ついていたということだ。人を好きでい続けるには努力がいる。天使が教えたのは、その何よりも誠実な真理だった。

歌は、帰ったら部屋の掃除は全部自分がやるから一緒に帰ろう、という呼びかけで終わる。部屋から空き地へ、空き地から部屋へ。散らかった羽根を片づける約束が、2人をもう一度出ていった部屋へ連れ戻していく。

仲直りの言葉が、愛の誓いではなく掃除の申し出なのがいい。照れくさい決め台詞を避けて、明日からのリアルな暮らしで返すと約束している。日常の言葉で書かれた日本語のポップスだから、この所帯じみた結びも少しも浮かずに耳へ届く。

持ち主を替えて歌い継がれる「僕」

2000年5月24日に発売された記念碑的ベストアルバム『10.Y.O.〜THE ANNIVERSARY COLLECTION〜』にも、この曲は大切に収められた。節目を飾る作品集に、この一夜の物語が堂々と並んだことになる。

恋人の過去の品をめぐる口げんかは、どの恋人どうしにも起こりうる火種である。その痛みを抱えたまま、別の「僕」が羽根の散らかる部屋で言い争い、同じ空き地まで彼女を追いかけていく。歌い手が替わるたびに新しい部屋の明かりがともるようで、この物語が持つ器の大きさを改めて実感させられる。


※この記事は執筆時点の情報に基づいています。

(文・篝火花かほり)

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