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東京・大阪、坂本龍一さんのふたつの展覧会─日本初・最初で最後のピアノソロも

  • 2026.9.26

現実の中にヴァーチャルな僕がいる。 ヴァーチャルな僕は歳をとらずに、何年、何十年、何百年とピアノを弾き続ける。 その時人類はいるだろうか? 人類の次に地球を征服するイカが聴いてくれるのだろうか? 彼らにとってピアノとは? 音楽とは? そこに共感は成立するのだろうか? 何十万年の時を跨ぐ共感が。 ああ、だけどそれまで電池がもたないな。 坂本龍一

ヘッドセットをつけて、現実にないイメージを見る。仮想の世界に視覚から没入するVR(ヴァーチャル・リアリティ)や、現実世界に仮想世界を重ねて見せるMR(ミクスト・リアリティ)といった技術は、身近なものになった。

いま、大阪うめきた公園に出来た新たな施設、「VS.(ヴイエス)」で、故・坂本龍一さんの『KAGAMI』というMR作品が上演されている。坂本龍一さんのピアノ演奏を三次元で捉え、MR空間に再びよみがえらせるという作品だ。日本での上演は今回が最初で最後になるとのことで、機会を得て体験してきた。レポートを交えてご紹介したい。

ピアノを弾く教授に手が届きそうな近さ

本展覧会はMR作品『KAGAMI』をはじめ、高谷史郎さんと制作した最後の舞台作品『TIME』をベースに制作されたインスタレーション「TIME, TIME」の展示、本人が長年愛用したグランドピアノに本人の演奏データがインストールされた自動演奏ピアノ、坂本さんがスタジオで聴いていたのと同等の音質を、オープンリールテープで体験できる試聴スペースも用意され、『KAGAMI+』と名付けられている。本展である『KAGAMI』の会場に向かう。

「Ryuichi Sakamoto & Tin Drum | KAGAMI+」VS. 、2026年 ©2026 Tin Drum / KAB Inc. / commmons / VS. / WOWOW photo=takeshi asano

天井高15メートルの地下空間に誘導されると、ずしりとしたヘッドセットを手渡され、装着する。何もないがらんどうの空間の真ん中に、ゆっくり回転する真っ赤なキューブが見えれば、装置がちゃんと働いているサインだ。坂本美雨さんのナレーションにより上映が始まると、目の前にYAMAHAのグランドピアノに向かう坂本龍一さんの姿が現れる。

ひと呼吸すると坂本さんは、ファンにはコンサートなどでおなじみの、ゆったりとした美しいフレーズの楽曲「Before Long」 (『Neo Geo』1987年)を弾き始めた。等身大の坂本さんとピアノを目にして、参加者は三々五々立ち上がり、ピアノのほうに近寄っていくが、誰かが目の前に立っても、坂本さんの像は消えない。人を透かして、ピアノを弾く坂本さんが見えるのだ。坂本さんの肩越しに指の動きをつぶさに見ることも、すぐ隣から鑑賞することもできる。演奏する坂本さんの呼吸に自然とこちらも呼応する。 坂本さんの活動を支えてきたマネジメントスタッフは、「演奏する坂本の背中を見ていると生前と何も変わらないように思えてくる」と言う。

視覚は集中するが耳は開かれていく体験

ふつうの演奏会と違い、音楽はピアノの生音ではない。天井一面に仕込まれた大量のスピーカーと、ヘッドセットの動きを捉えるため張り巡らされた多数のセンサーにより、鑑賞者は、まるで彫刻のように巧みに配置された立体音響を全身で浴びる。この音響を担当しているのが、坂本さんの多くのプロジェクトやコンサートを担当してきた音響エンジニアのZAKさん。「ぜひ歩き回って、ヘッドセットを通して見える像と音の響きが一致する瞬間を探ってみてください」。

最期の4年間を費やして完成した作品

「Ryuichi Sakamoto & Tin Drum | KAGAMI+」VS. 、2026年 ©2026 Tin Drum / KAB Inc. / commmons / VS. / WOWOW photo=takeshi asano

『KAGAMI』の収録は2020年12月に3日間かけて東京で行われた。その撮影の直前に坂本さんはがんの転移が見つかり、余命宣告を受けていた。このことはMRのチームには伏せられて収録は進行した。MRの撮影は過酷で、顔や指に多数のマーカーを付け、360度から照明と無数のキャプチャーカメラに囲まれて演奏する。唯一病状を知っていたご家族は、これが最後の演奏になるかもしれないとまで覚悟していたという。

このプロジェクトを持ち掛けた、アメリカで映像プロデューサーとして活動するトッド・エッカートさんは、音楽や舞台芸術のMRコンテンツ分野で先駆的な作品を発表してきた第一人者。10代から坂本さんの音楽を聴き続け、音楽家のMR作品を制作するなら坂本さんしかいないと、その構想を本人にぶつけたところから始まったという。「サカモトは『このプロジェクトの目的は何?』と尋ねました。私はとっさに『これはあなたのファンだけを対象とするのではなく、まだこの世に生まれていない未来の人間とあなたの関係性を紡ぐためのプロジェクトです』と答えました」(トッド)。

2020年の演奏収録から3年がかりで完成した『KAGAMI』の初演は2023年6月のニューヨーク。同年3月28日に坂本さんは東京で逝去され、ご本人は本作品を見ることは叶わなかった。

その後、世界8都市で上演されたのち、今年ようやく日本上陸を果たした。会期は10月12日まで。最初で最後の日本公演となる。

もうひとつの展覧会「async - immersion」は東京で

一方、8月28日に開幕したのが、東京では初開催の〈AMBIENT KYOTO〉による「RYUICHI SAKAMOTO + SHIRO TAKATANI async - immersion」だ。

坂本龍一 + 高谷史郎 | async - immersion 2023|Photo:Satoshi Nagare

2023年、没後最初の大規模な展覧会として話題になったのが、京都新聞地下の巨大な構内で開催された本作品。2017年のアルバム『async』の楽曲をベースに、高谷史郎さんによる映像と、ZAKさんによる立体音響で構成されたインスタレーション作品だ。

『async』は、発表当時坂本さん自身が「あまりに好きすぎて、誰にも聴かせたくない」と表現していた作品。坂本さんはアルバムのアートワークを高谷さんに依頼、その後、坂本さんが温めていた「設置音楽」──「音」を空間に立体的に設置して聴いてもらいたいといった考え──のヴィジョンに沿って、ギャラリーでの展示やコンサート映像などのかたちで発展、「async - immersion」に結実した。

映像は、ニューヨークのスタジオの機材や庭、空や海などの自然、アイルランドやモロッコなどの風景、東日本大震災で被災したピアノなど。「async=非同期」のテーマどおり、音と映像が絶えず変化する流れのなかで作品を体験する。

高谷史郎氏(ダムタイプ) Hearst Owned

長さ26メートル超という長大な映像ゆえに、京都展以後、同スケールでの再演が叶わなかった本作。高谷さんは「制作から何年も経ちましたが、いまも『こんな音が入っていたのか』と新たな発見がある」と言う。開幕直前の明け方まで音響の調整に心血が注がれた空間は、坂本さんが夢見た「音楽を空間で体験する」唯一無二の場所に仕上がった。「みな坂本さんへの鎮魂の気持ちをもって取り組みました」と高谷さん。坂本さんの音を全身で浴びる体験も、本展の次の開催は未定だ。機会を逃さずにぜひ足を運んで欲しい。

*テキスト一部展覧会ガイドブックより引用「RYUICHI SAKAMOTO & TIN DRUM KAGAMI+ GUIDE BOOK」

『Ryuichi Sakamoto & Tin Drum | KAGAMI+』

KAGAMI +

坂本龍一がプロデューサーのトッド・エッカートとともに人生最後の4年間を費やして制作した、複合現実(MR)作品『KAGAMI』待望の日本初上演。観客は特殊な透過型ヘッドセットを装着し、独自の三次元映像技術によって再現された坂本龍一の姿とピアノ演奏を間近で体感できる。本展では『KAGAMI』に加え、坂本龍一+高谷史郎による『TIME, TIME』をはじめとする関連作品もあわせて展示・上演される。

会場/VS.(ヴイエス)
会期/2026年6月27日(土)~10月12日(月・祝)
開館時間/10:00~20:00(日時指定制)
休館日/月曜(祝日、連休の場合は祝日明け平日)
入場料/RED TICKET(日時指定券・特典付き)15,000円、BLUE TICKET(日時指定券)一般4,500円/学生2,500円 ほか
Google mapで確認
〒530-0011 大阪府大阪市北区大深町6-86 グラングリーン大阪 うめきた公園 ノースパーク VS.

VS.(ヴイエス)

『RYUICHI SAKAMOTO + SHIRO TAKATANI AMBIENT KYOTO - TOKYO』

坂本龍一 + 高谷史郎 | async - immersion 2023|Photo:Satoshi Nagare

京都発の音・映像・光のエキシビション〈AMBIENT KYOTO〉の東京初開催となる展覧会。坂本龍一と高谷史郎(ダムタイプ)によるインスタレーション作品「async - immersion」を、幅26.4mの巨大スクリーンと音響ディレクターZAKによる立体音響で展開する。坂本龍一が追求した「設置音楽」のコンセプトのもと、音と映像が絶えず変化し続ける圧倒的な空間体験を提供する。

会場/麻布台ヒルズギャラリー
会期/2026年8月28日(金)~10月25日(日)
開館時間/平日:10:00~19:00/土・日・祝日:10:00~20:00(9月11日のみ~18:00) ※最終入館は閉館の30分前まで
休館日/無休
入場料/平日:大人 前売2,200円・当日2,500円/土日祝:大人 前売2,500円・当日2,800円(高校生以下・障害者手帳をお持ちの方と付き添い1名は無料)
Google mapで確認
東京都港区虎ノ門5-8-1 麻布台ヒルズ ガーデンプラザA MB階

麻布台ヒルズギャラリー

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