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コラボカフェも“期間延長”へ「2回も観た」「すごく好き」公開から約1か月経っても“根強い支持”この秋、注目の映画

  • 2026.10.24
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松たか子(C)SANKEI

『淵に立つ』でカンヌ国際映画祭「ある視点」部門審査員賞を受賞した深田晃司監督の最新作『ナギダイアリー』が公開中だ。本作は監督にとって2年連続4度目のカンヌ正式出品で、初のコンペティション部門選出。また、松たか子の主演作がカンヌに選出されるのも初めてだ。

2026年9月25日の公開から約1か月が経ち、観客からは「2回も観た」「すごく好きな映画」と好評の声が寄せられ、CAFE9 Shibuyaでのコラボカフェも開催期間を2週間延長するなど、根強い支持を集めている。この記事では、映画の魅力について掘り下げる。

※以下、映画の内容に触れています。

9年の歳月をかけて描く、人々の心の揺らぎ

平田オリザの代表作『東京ノート』に着想を得て、深田監督自らオリジナル脚本を執筆。企画の立ち上げから9年の歳月をかけて完成させた人間ドラマだ。
岡山県奈義町をモデルにした自然豊かな町『ナギ』で、ひとり創作に打ち込む彫刻家の遠藤寄子(松たか子)のもとに、東京と台湾で建築家として活躍してきた坂下友梨(石橋静河)が数日間の休暇を取って訪れる。友梨はかつて寄子の弟と結婚していた、いわば元義理の妹だ。

毎晩、彫刻のモデルを務める中で、友梨は寄子が秘めていた喪失を知る。若くして妻を亡くした寄子の幼なじみ・井口好浩(松山ケンイチ)、好浩の息子・春樹(川口和空)とその親友・東圭太(藤原聖)らとの出会いも加わり、穏やかな日常に小さな揺らぎがもたらされていく。

地方の町を舞台にした静かな物語には、ジェンダーや性差別、性のあり方、自分自身をどう捉えるかといった問いが織り込まれている。表面の静けさの奥に、複雑な人間の内面を映し出す一作だ。

音と風景が伝える、人々の暮らし

全編を通して印象に残るのが、環境音の存在感だ。自衛隊の訓練による砲声が響き、ラジオからは砲弾の種類や訓練の時間を知らせる放送が聞こえる。一方、夜には涼やかな虫の音が広がる。
ナギを訪れたばかりの友梨は、砲声が気になり、寄子との会話にも集中できない。しかし、この土地で暮らす人々にとって、その音は日常の一部だ。訪問者が驚く音と、住民が聞き慣れた音。その受け止め方の違いからも、友梨とナギとの距離が伝わってくる。

自然豊かな風景の中に、訓練の音が入り込む。その組み合わせは、のどかな景色だけでは見えてこない、この町の生活を浮かび上がらせる。画面に映る風景の外にも、人々の営みや社会の仕組みがあることを、音が知らせているようだ。
音はまた、個人の記憶とも結びついている。寄子が東京で訃報を受けた際、頭に浮かんだという台湾の民謡。ラジオで訃報を知らせる際に流れていたその旋律は、遠く離れた場所でも彼女の中によみがえる。繰り返し耳にした音が、暮らしの記憶として身体に残っていることを感じさせる。

個人の悲しみのすぐそばで、世界は動いている

前半には、ロシアによるウクライナ侵攻のニュースがテレビで流れる場面がある。ナギに響く砲声とともに、このニュースもまた、人々の日常が世界の情勢と地続きにあることを意識させる。

妻を亡くした好浩、友人にひそかに恋心を寄せる圭太、自分自身と向き合う友梨。それぞれの悩みや喪失は、他人が簡単に踏み込むことのできない個人的なものだ。しかし、その視線は、個人を取り巻く社会にも向けられている。
誰かが悲しみを抱え、誰かを想い、自分の生き方に迷っている間にも、世界は動き続ける。日々の会話のそばに流れるニュースや、遠くから届く砲声によって、本作は個人の内面と、その外側に広がる世界を同じ時間の中に映し出している。

建築と彫刻をめぐる会話が問いかけるもの

個人と社会のつながりは、寄子と友梨が交わす、建築と彫刻についての会話にも表れている。
寄子は、建築物には、誰を中に入れ、誰を入れないのかという選別が生まれると指摘する。誰もが入れる場所なのか。所有者や、チケットを購入した人だけが入れるのか。ホームレスの人は排除されるのか。寄子はそこに、人を分ける権力の働きや社会の仕組みを感じ取っている。

そんな彼女が好むのは、建築と一体になった彫像やモニュメントよりも、道端にある誰が作ったのかもわからないような仏像だ。そして、自分の彫刻もいずれはそうなってほしいと語る。
その願いには、作者の名前や権威を離れ、人々の暮らしの中に溶け込むものへの憧れが感じられる。寄子は、自分の彫刻にも、見る人を選ばず、誰もが出会えるようなあり方を望んでいるのではないだろうか。

この会話は、人と人との関係を考える手がかりにもなる。家族や友人、地域の人々とのつながりは、支えになる一方で、誰かに居づらさを感じさせることもある。自分にとって当たり前の関係や場所が、ほかの誰かにとっても心地よいとは限らない。
『ナギダイアリー』は、人々の会話や沈黙、土地に響く音を通して、日常の中にある境界を浮かび上がらせる。その中で、道端の仏像について語る寄子の言葉は、誰かの存在を受け入れるとはどういうことか、静かに問いかけているように思えた。


出典:映画『ナギダイアリー』公式サイトより

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