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【吉田朱里さん】「なんかおもしろくなってきたー!」分娩台の上で陣痛ハイに!?さらに娘との初対面は“ちょっと想像と違って”いて…?

  • 2026.9.8

「まだわからへん」と気を引き締めながら、胎嚢確認、心拍確認、安定期へ――。2026年1月に第1子となる女の子を出産した吉田朱里さん。妊娠がわかった当時も、生まれるまでは何が起きるかわからないという不安を抱えていたと言います。

不妊治療専門クリニックへの通院、妊娠中の体の変化、計画自然分娩での出産、そして想像と少し違った赤ちゃんとの初対面。前編では、吉田さんの初めての妊娠・出産ストーリーをお届けします。

不妊治療クリニックに通院しながらの妊活

自己流で妊活を始めてから半年ほど経ったころ、行きつけの婦人科で多嚢胞性卵巣症候群と診断されたこともあり、不妊治療専門クリニックを受診しました。

そこで注射や薬を使いながら排卵の周期を整え、先生の指導のもとでタイミング法に取り組むことに。妊娠がわかったのは、その通院中のことでした。

フライング検査で「おや?」。それでも安心できず…

当時の我が家には、買い込んできた排卵検査薬と妊娠検査薬が大量にあって、毎月のようにフライング検査をしていました(笑)。

その周期は、フライング検査の1回目からいつもと違う線が出て、「おや?」と。

でも、まだ分からへんから旦那にも言わんとこうと思ったんですよね。病院で胎嚢が確認でき、心拍が確認できても「いや、でもまだわからんけど」と言い続けていました。

ようやく少し安心できたのは、安定期に入ってから。エコーでみる赤ちゃんがだんだん人の形になってきて、性別がわかって…。そのころから「本当に妊娠したんだ」と実感が湧いてきた気がします。

それでも、生まれるまでは何が起きるかわからない。そんな気持ちは、出産の日までずっとありました。

妊娠中は、食欲が大爆発!

妊娠中は、ありがたいことに大きなトラブルもなく、臨月まで普通に仕事を続けることもできました。

初期からつわりもまったくなく、おなかが大きくなってからはトイレが近くなったり、足がつったりするマイナートラブルはあったものの、基本的にめっちゃ元気でした。

ただ、食欲だけはものすごくて、常に炭水化物を欲していました。食べないと気持ち悪いというより、単純に食欲が爆発していた感じです。

ふだんはかなり節制して、体型維持にも気を遣っているので、「もうダイエットしなくていいんだ!」とちょっと解き放たれた感もあったのかもしれません(笑)。

最終的に15kg増。先生から注意はされなかったものの、かなりしっかり増えました。何よりびっくりしたのは、3000g程の赤ちゃんを産んだのに、出産後に体重が2kgしか減っていなかったこと。

赤ちゃんの羊水や胎盤の分でもっと減るものだと思っていたので、「え、計算が合わへん。何が入ってるんやろ?」と本気で驚きました。

予定日より早く、計画自然分娩へ

検診でおなかの赤ちゃんがすでに3000gを超えていることがわかったため、出産は予定日より早く、計画自然分娩で行うことになりました。

出産日を決め、前日に入院。まずはバルーンを入れて子宮口を広げ、翌日に促進剤を使って陣痛を起こす流れです。

前日のバルーンがかなり痛くて「これじゃ寝られへん」と半泣きになっていたのですが、診察のときにポン!と抜けて。その晩は、思っていたよりもゆっくり休むことができました。

翌朝の時点で、子宮口はすでに4cm。痛みはありましたが、陣痛促進剤の点滴を打ちながらも、意地で朝食は完食しました。

というのも、半年ほど前に同じ病院で出産した妹から、出産の流れをかなり詳しく聞いていたから。「これ食べとかないと、次、いつ食べられるかわからへんやつや」と思ったんですよね。

「もう出したい!」。子宮口8cmからがしんどかった

11時には子宮口8cmに。「もう出したい! なんか出そう!」「でもいきんじゃダメ」っていうあの時間帯がめちゃくちゃしんどかったです。

しかも「隣の経産婦さんのほうが進みが早いやろうから、あなたはちょっと順番待ちね」と言われて。「先生〜!嘘でしょ〜!」と、思わず恨みがましい目になりかけました(笑)。

でも、実際には先生の見立て以上にお産の進みが早かったみたいで、「選手交代! あんたが先や」と。そこからはヒーヒー言いながら、陣痛の波のなかを耐えて分娩室まで歩きました。

陣痛ハイに!? 「なんかおもしろくなってきたー!」

分娩台に乗るころには、「これでもういきめる!」と思って、つらさよりも喜びが勝っていました。

「なんかおもしろくなってきたー!」と言いながらいきんでいたら、先生にも「あんた、明るくていいわ」と褒められました。

赤ちゃんが生まれたのは午後1時半ごろで、促進剤を打ってから約4時間半。初産としては、かなりスムーズなお産だったのではないかと思います。

出産を支えてくれた、妹のアドバイスと呼吸法

初めての出産でしたが、妹が分娩の流れを詳しく教えてくれていたので、「次はこれがくる」「多分こうなるはず」と、ある程度予測できたことが、気持ちの余裕にもつながったのかなと思います。

そして、なんといっても呼吸!出産中は、呼吸って本当に大事なんだとひしひしと実感しました。

私はこれまでずっとダンスやピラティスをやってきたので、体の使い方や呼吸のコントロールに慣れていたことも、少しは役に立ったのかもしれません。

出産を経験して、母もこの痛みを経験して自分たち姉妹を産んでくれたんだと改めて感謝の気持ちでいっぱいになりました。

妹のことも、もう大尊敬です。私は妹の詳細なレポのおかげで落ち着けたけれど、未知の状態で頑張った妹、偉すぎるなって。

あと、立ち会ってくれた旦那さんのサポートも完璧でした。テニスボールでぐいぐい腰を押してくれる力加減、しっかりマスターしてきてくれていて、めちゃくちゃありがたかったです。

とはいえ、出産のかたちはそれぞれですし、どんな方法を選んでも、赤ちゃんとママが無事にその日を迎えられることがいちばん大切!自分に合った方法を選べるのがいいなと思います。

感動より先に「大丈夫そ?」だった、赤ちゃんとの初対面

さて、赤ちゃんとの初対面。生まれた瞬間の娘は、胎脂をしっかりまとっていて、肌の色も少し紫がかって見えて、私が想像していた“赤ちゃん”の姿とは少し違っていました。

吸引分娩で生まれてきたこともあってか、最初は少しぐったりしているようにも見えて。

先生や看護師さんがゆったり落ち着いていて対応してくださっていたので、心配はないんだと頭ではわかっていたものの、感動より先に「大丈夫なん?」と心配のほうが先に立ってしまいましたね。

“爆毛ベビー”の姿に、家族みんなで「大丈夫?」

妹の子は、生まれた瞬間から目がパチッと開いていて、出産動画には母の「かわいい〜!」という大興奮の姿が残っているんです。でも、うちの子は目も開かないくらいむくんでいて、母も思わず「なんか…大丈夫(笑)?」と。

さらに、いわゆる“爆毛ベビー”で見た目のインパクトがすごかったので、夫も母も私も、口々に「いけそう?」「大丈夫そう?」と顔を見合わせていました(笑)。

感動の対面というより、最後まで笑って、驚いて、おもしろかった出産。今となっては、そのすべてが忘れられない愛おしい思い出です。

そして、ここからいよいよ赤ちゃんとの毎日が始まりました。

出産までとはまた違う大変さと、想像していなかった幸せ。その日々については、後編でお話しします。

〈PROFILE〉
吉田朱里(よしだあかり)さん
1996年8月生まれ、大阪府出身。NMB48の1期生として活動し、2020年にグループを卒業。現在はモデル、タレント、美容系YouTuberとして活躍するほか、コスメブランドのプロデュースも手がけ、幅広い世代から支持を集める。2024年に結婚し、2026年1月に第1子となる女の子を出産。

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