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顔が危ない!?直しすぎると多くを失うから改めて、自分の顔との付き合い方!

  • 2026.7.5

他人のやりすぎは批判するのに、なぜ自分のやりすぎには喜びを感じるのか?

顔が危ない……そういう懸念が高まっている。美容医療に走る年齢層がどんどん若くなっていて、一体どこを直すの?というほど完璧な可愛さを持つ顔に、さらに美容医療を加える人が少なくないから。当然のこととして、若いうちからやってはいけない施術もあって、安全性の問題もあるけれど、もっと心配なのは、今からいろいろくり返していたら、自分がもともとどんな顔だったかわからなくなってしまうのではないかということ。

別にいいの、自分の顔が嫌いだから……そういう人もいそうだが、SNSなどでの加工の激しさを考えると、やっぱり危うい。いや加工ができる時代だからこそ、真っ当な感覚が麻痺していることも含め、顔への執着があらぬ方向に行ってしまう可能性があるから、心配なのだ。

女性の脳科学者が書いた『顔に取り憑かれた脳』という非常に興味深い話題の本があって、そこにもハッキリ書かれているのは、もともと人間は顔に対して強いこだわりや反応を示す生き物で、顔を認識する部分の脳が異様に発達していることがわかっている。たとえば、壁の模様などが人間の顔に見えたりするのも、脳で顔検出ネットワークが働くからで、それも相手が敵か味方かを見分けるための人間の本能といってもいい。相手が喜んでいるのか、怒っているのか、見極めるのは防衛本能であり、社会性なのだ。

そんなふうに顔認識の能力はすこぶる優れているのに、人は自分の顔に関しては自分を見失うほど執着してしまう。一体なぜ? 非常に納得なのは、自分の顔が美しくなる時だけドーパミンが大量に分泌されるから。ドーパミンとは幸せホルモンの一つでありながら、人に褒められた時などにドバドバ出てきて、もっと褒められようとする意欲を生む報酬系のホルモンでもある。これが自分の顔がキレイになるだけでボンボン出て、さらにキレイにならねば、という意欲が湧いてしまうということ。つまり少々厄介なホルモンで、ちょっとキレイになると、もっともっとと歯止めがきかなくなる決定的な要因なのだ。

ちなみにこれ、買い物依存症などにも見られる現象。買い物をした時、ある種の達成感や「お客さま、お客さま」と奉られ褒められたような快感があるのは誰でもわかるはず。気がつくと、この快感をまた得たくて、どんどん買い物してしまう、必要ないものまで。これこそがドーパミンの力。美容医療にも同じことがいえるのだ。

かくして、多くの人にとって、美容医療はやればやるほどやりたくなる、そういう種類のもの。それが脳の仕組みであり、放っておくとエスカレートしてしまう宿命にあるからこそ、自らをコントロールする意識を持たないと。何より問題なのは、美容医療をエスカレートさせた結果の顔を、周囲は十中八九美しいと思わなくなること。これも人間が本来持っている顔認識の優れた能力のせい。顔に対するバランス感覚が働き、不自然や、やりすぎを嫌うスイッチが入るのだ。つまり皮肉なことに、人は他者のやりすぎには批判的になれても、自分のやりすぎは最善の方法と思ってしまう。そういうメカニズムがあるからこそ怖いのだ。

かつては、街でメイクしすぎの人をよく見かけたが、今は皆無。その代わり、直しすぎの人をよく見かける。そんなに美容医療に一生懸命にならなければ、もっと美しかったのかもしれないのにという人を。美意識の高い人も自分の顔に対しての美意識は失いがち。こと自分の顔に対してはバランス感覚が鈍りがち。だから考えてみた。途中で抑える方法。自分の顔を危険にさらさない方法。何より自分の顔が、実は美しいことを再発見する方法を。

あなたは“鏡の見方”が間違っている。パーツを見るのは上半身が映る鏡で

まず重要なのは、自分の顔は自分では見られないこと。世界で唯一、自分だけが見られない、鏡でしか見られない、それは人間にとっての最大の不都合ともいうべきこと。なぜなら、鏡の見方によって顔はまったく違って見えるうえに、人は自分の都合のいいように鏡に自分を映すから。みんな本当の自分の顔を知らないのではないかというくらい、鏡の中の自分は移ろいやすいし、嘘も多い。

そこで起こるのは、気になる部分ばかりを見てしまう偏り。つまりパーツの“不完全さ”を問題視するようになると、そこばかりに目がいき、そこだけが大きく見え、全体を引いて見られなくなり、バランスがくずれていることに本人が気づけなくなっていったりする。

また一方、人間はいろんなものにすぐ慣れてしまう。すぐ見慣れてしまう。初めて施術をした直後は、自分がすごく変わったこと、キレイになれたことに大満足するのに、毎日鏡を眺めているうちに、キレイになれたこと自体を忘れてしまう。それが普通になってしまうと、またキレイになりたい、最初の施術の時のような感動をもう一度得たいと思うようになってしまう。それも毎日毎日同じ環境の中で鏡を眺めている弊害なのだ。

そもそも気になるパーツばかり見つめているから、すぐ見慣れる、そのくり返しが、どんどんエスカレートしていく原因。だから知って欲しいのは、正しい鏡の見方なのだ。

実はメイクでも、眉なら眉、唇なら唇、と描くパーツだけを眺めながらメイクをしがち。すると、大体バランスが悪くなる。そもそも顔ほどバランスが大切な場所はなく、ほんの1mm描きすぎても、顔全体のバランスはくずれてしまう。美容医療も同じで、一つのパーツだけにこだわり続けてエスカレートしていくのは、もっとも危険。それでくずれてしまったバランスを、他のパーツで調整しようとすると、何が何だかわからなくなるから。

そこで鏡の見方を変えること。手鏡は極力使わず、乱れがないかだけをチェック、パーツを見るのは少なくとも上半身が映る鏡で。そして顔全体を見るのはできれば1.5メートル離れたところから。1.5メートル離れると、他人から見た自分が見える。バランスの良し悪しがしっかり見えてくる。本来髪型も、そのくらい離れて見たほうが顔に合っているかどうかわかるのだ。そして、気になっていたパーツ、たとえば鼻も、口元も、全然大丈夫、結構カワイイ?と思えるようになるはずなのだ。

ところで、こーなりたい、あーなりたいっていう希望、メイクでは本当に叶えられないのだろうか? 今一度そう考えてみること。メイクの力は今や偉大で、目を大きくするなんて笑ってしまうほど簡単。鼻筋を通すことだって、今どきのハイライトやシェーディングって本当に優秀で、まさに骨がつくる筋を見事に際立たせてしまう。涙袋だって、いつか必要なくなる時が来るかもしれないのだから、今や本当に進化した涙袋コスメで充分なのでは? ともかくはそう考えてみてはどうだろう。

アリアナ・グランデの復活劇に見る「元の顔に戻ると好感度が上がる?」

ハリウッドには、美容医療のやりすぎを自ら語り出した人がいる。アリアナ・グランデは、過去の美容医療への依存を涙ながらに告白、自分の顔を取り戻したことを明かした。10代からカリスマとなったことで外見への誹謗中傷に耐えるため、若い頃は過剰な量のフィラーを唇に注入し、ボトックスをやっていたとも。でも30代を前に「これ以上、自分を偽りたくない、刻まれていくシワに、老いることは何と美しいことなんだろうと思えるようになった」と語り、注入治療をやめたという。顔の変化は物議をかもすも、その後、見事に再ブレイク。アルバムも大ヒットし、映画『ウィキッド 永遠の約束』でも、歴史的な成功を収めた。

一方、日本でも大ヒットしたドラマ『フレンズ』のモニカ役でお馴染みのコートニー・コックス、“狂気のループ”から救ってくれたのは友達の「もうやめて、顔が動いていないよ」という一言。ハッと目が覚めたという。どんどん不自然な顔になっていたのに、仕事のオファーがなくなったのは老けたせいと、さらに変えることに必死になっていたと。しかし、元の自然な顔立ちに戻った時、逆に好感度が爆上がり、今はドラマや制作業で大活躍している。

そして、映画『ブリジット・ジョーンズの日記』で大ブレイクしたレネー・ゼルウィガーは、さらに劇的な体験をした。2014年のレッドカーペットに登場した時、顔が激変。シワのないつるつるの顔になっていただけでなく、あのキュートだった顔立ちが、ちょっと険しく冷たい印象の別人顔になってしまったことで、マスコミが大騒ぎ。過熱するバッシングに対し、「私は自分の人生を大切に生き始めただけ。以前の私は疲れ果ててボロボロだったから」と強気に反論したものの、仕事のオファーがゼロになり、結果的に顔を元に戻した。するとどうだろう。12年ぶりの続々編『ブリジット・ジョーンズの日記 ダメな私の最後のモテ期』が制作され、その3年後、ジュディ・ガーランドの生涯を演じた映画で、見事アカデミー賞主演女優賞に輝くのだ。顔を戻した人は、必ず好感度も運気も仕事運も上がる。それがハリウッドの新法則。顔が変わりすぎると仕事がなくなり、顔を戻すと大喝采!

時代的に、美容医療をやることは咎められないまでも、やりすぎに陥った顔に対して世間はそっぽを向く。でもちゃんと元に戻して人間的な魅力を取り戻した時、世間は「お帰りなさい」と大歓迎して、改めてその人の魅力を称えるのだ。まさに美容医療が当たり前になった時代の、顔復活ドラマ。そう、今のプチ整形は、顔をちゃんと元に戻せるから、そういう幸せな復活劇も成立する。戻せるからこそ、やってしまおうという考え方もあるが、ここから学べるのは、やっぱり元の自然な顔が一番魅力的だということ? いや、それでもやりたいという人は多いはず。ならば、最初の段階でやめておく。やめる勇気を持つこと。ちなみにかのマイケル・ジャクソンは最初の段階で、とてつもない美少年になった。あそこでやめておけば……。未だにそれが悔やまれる。

人は他者のやりすぎには批判的になれても、自分のやりすぎは最善の方法と思ってしまう。人の脳には、そういうメカニズムがあるからこそ怖いのだ。

撮影/戸田嘉昭 スタイリング/細田宏美 構成/寺田奈巳

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