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「お醤油を買いに行ってくる」と出ていったきり妻は消えた――30年の結婚生活に潜んでいた熟年夫婦の危機を描いたクライムミステリー【書評】

  • 2026.3.27

【漫画】本編を読む

『うちのツマ知りませんか?』(野原広子/オーバーラップ)は熟年夫婦の危機をテーマにしたクライムミステリーだ。

物語は、「お醤油を買いに行ってくる」と言って家を出た55歳の妻・ヨシ子が、そのまま戻ってこないという出来事から始まる。結婚30年。お見合いで結ばれ、子どもにも恵まれ、これといった不自由もなく暮らしてきた。大きな波風も立てず、夫婦は穏やかに年を重ねてきた――。少なくとも、夫・康はそう思っていた。だからこそ、その失踪はあまりにも突然で、現実味のない事態だった。

朝になっても帰らない妻を案じ、夫はヨシ子のパート先に電話をかける。そこで告げられたのは、彼女がすでに退職しているという事実だった。さらに、ひとり息子とも連絡を取っていないことがわかる。状況が明らかになるにつれ、「ただの外出ではない」という現実が、じわじわと重くのしかかってくる。

残された手がかりは、ごみ箱に破り捨てられていた一枚のメモに書かれた、男の名前と電話番号だけだった。その番号に電話すると、夫はこれまで知らなかった妻の一面と向き合うことになる。自分は本当に妻のことを理解していたのか。30年の結婚生活は、何を積み重ねてきたのか。物語は、失踪の謎を追いながら、夫婦関係の脆さを浮き彫りにしていく。

本作の読みどころは、日常の中に潜むすれ違いを丁寧に描いている点にある。妻はなぜ何も言わずに去ったのか。夫は本当に「仲良くやってきた」と言えるのか。夫の視点を通して、少しずつ見えてくる事実に胸が締めつけられる。言葉にされなかった思い、我慢の積み重ね、見過ごされてきた小さな違和感が、静かに浮かび上がる。

長く一緒にいればいるほどこそわかっているつもりになってしまうが、しかし本当に相手のことが見えているのだろうか。ミステリーの形を借りながら、「夫婦とは何か」という問いを鋭く突きつける。読み終えたあと、自分の身近な人との関係を見つめ直したくなる作品だ。

文=ゆくり

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