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28年前、ゲレンデに瞬いた“一瞬のきらめき” 光と影が交錯した“白銀のセンチメンタル”

  • 2026.3.8

1998年。ノストラダムスの予言による世紀末の足音が聞こえ始め、どこか浮足立った不安と、新しい時代への根拠のない期待が混ざり合っていた頃だ。街には携帯電話の着信音が響き渡り、人々のコミュニケーションは加速度的にその速度を上げつつあった。それでも、冬という季節が持つ特別な孤独感と、誰かを想う熱量は、今よりもずっと重く、濃密だったように思う。

そんな中、雪山の静寂を切り裂くように、そして都会の冷たいアスファルトを照らすように放たれた一曲があった。

広瀬香美『ストロボ』(作詞・作曲:広瀬香美)――1998年12月2日発売

季節を支配する“圧倒的な歌声”の行方

「冬の女王」という呼称が、これほどまでに一人の表現者に定着した例は他にないだろう。広瀬香美というアーティストが冬の音楽シーンに君臨していたあの頃、彼女の歌声はもはや季節の風物詩であり、私たちが冬を迎えるための儀式のようなものだった。

スキー場のゲレンデ、深夜の高速道路、ライトアップされた駅前の広場。彼女のハイトーンが響き渡る場所には、必ずと言っていいほど、冬という季節の主役たちが集まっていた。

しかし、1998年にリリースされたこの楽曲は、それまでの「冬の女王」が見せていた底抜けに明るいラブソングのパブリックイメージから、少しずつその色合いを変え始めていた。もちろん、彼女の代名詞である突き抜けるような高音と圧倒的な声量は健在だ。しかし、そこに宿る感情のパレットには、大人の女性が抱く「一瞬の迷い」や「刹那的な情動」が、より深く、より繊細に描き込まれていたのである

この時期、日本の音楽シーンは大きな転換点を迎えていた。圧倒的なプロデューサーがシーンを牽引する時代から、個のアーティストがより深い内省を音楽に投影し始める過渡期。そのうねりの中で、彼女は自身の「冬」という領域を守りながらも、表現者としてさらなる進化を遂げようとしていた。

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2011年、デビュー20周年ベスト盤とクリスマスアルバムの発売で取材に応じる広瀬香美(C)SANKEI

銀世界に刻まれた“音の粒子”

楽曲のタイトルとなっている『ストロボ』。その言葉が示す通り、この曲には光の点滅がもたらす「残像」のような美しさが満ちている。ストロボの光は、暗闇の中に一瞬だけ鮮烈な像を浮かび上がらせ、次の瞬間にはそれを深い影へと突き落とす。この楽曲に込められた感情もまた、そんな光と影の激しい交錯を繰り返しているようだ。

サウンド面において、その鮮烈な世界観を支えているのが、アレンジャーの本間昭光の手腕である。多くの国民的ヒット曲を手がけることになる彼が、広瀬香美と組んで生み出したこのサウンドは、デジタルなビートの鋭さと、ピアノの有機的な響きが見事なコントラストを描いている。冒頭から耳を捉える冷たくも熱いサウンドの質感は、まさにスキー場のナイター照明が雪面に反射し、煌めく様子を音像化したかのようだ。冬の冷たい空気の中で吐き出された白い息が、一瞬で凍りついて宝石に変わるような、そんな硬質な輝きを放っていた。

孤独と憧れが溶け合う“夜のナイター”

この楽曲を語る上で欠かせないのが、スポーツ用品店「アルペン」のCMソングとしての存在感だ。当時の私たちにとって、テレビから流れてくるこの旋律は、冬のレジャーへの誘いであると同時に、今この瞬間の自分を確認するためのアンセムでもあった。

ゲレンデという非日常の空間で、誰かを想う気持ちが加速する。しかし、そこにあるのは手放しの幸福だけではない。どこか「この瞬間が永遠ではないこと」を知っている、大人の冷めた視線と、それでも燃え上がる情熱とのせめぎ合いだ。彼女の歌声がサビで最高潮に達する時、聴き手は自分自身の内側にある、言葉にならない焦燥感や憧憬が解放されるのを感じたはずである。

降り積もる記憶、消えない残像

28年という月日が流れ、私たちのライフスタイルは劇的に変化した。連絡手段はさらに便利になり、冬の楽しみ方も多様化している。それでも、ふとした瞬間にこの楽曲のイントロが耳に飛び込んでくると、体感温度が数度下がるような、あの独特の冬の感覚が鮮やかに蘇る。

それは、彼女の歌声が単なる流行歌として消費されたのではなく、私たちの冬の記憶そのものに深く刻み込まれているからに他ならない。冷たい北風に向かって歩く時の強がり、深夜に誰かからの連絡を待つ時の静寂、そして、雪が降り始めた瞬間のあの高揚。そうした「冬の輪郭」を、彼女は『ストロボ』という一曲で見事に切り取ってみせた。


※この記事は執筆時点の情報に基づいています。