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ナースコールが一度も鳴らない…精神科ナースが気づいた『静かな病室』に潜む本当のSOS

  • 2026.2.22
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出典:photoAC(※画像はイメージです)

こんにちは。現役看護師ライターのこてゆきです。

精神科病棟で働いていると、「静か」「問題がない」「落ち着いている」という評価が、必ずしも安心にはならない場面に何度も出会います。

今回お話しするのは、ナースコールを一度も押さなかった、初入院の若い患者さんとの出来事です。

「必要な時は押してください」と、確かに伝えたはずだった

精神科病棟に入院してきたAさんは、若い男性患者でした。

今回が初めての精神科入院です。

粗暴性はなく、こちらの問いかけにも応じてくれますが、入院時から表情は硬く、常に周囲を警戒している様子がありました。幻聴・幻覚が強く、視線が落ち着かず、誰もいない空間を追うような仕草が目立ちます。

入院時のオリエンテーションでは、病室や棟内を案内し、ナースコールの使い方を説明しました。

「何かあったら、ここを押してくださいね。夜でも大丈夫ですから」

Aさんは、小さくうなずきました。

その様子を見て、私は「伝わった」と思っていました。

ナースコールが鳴らない一週間

入院から一週間。Aさんのナースコールは、一度も鳴りませんでした。

内服は拒否なくできています。他患者さんとのトラブルもない。夜間も大きな物音はなく、病棟は比較的静か。

記録上は「問題のない患者さん」。当時の私たちの中には、いつの間にか「落ち着いている」「安定している」という安心感が生まれていました。

しかし巡視のたびに、どこか引っかかるものがありました。

夜中に訪室すると、Aさんは起きていることが多い。

布団を深くかぶり、身体は常に緊張している。誰もいない部屋の隅を、じっと目で追っていることもありました。

静かではあるけれど、「休めている」という印象はありませんでした。

「押しちゃ、ダメだと思ってました」

ある日の定時巡視。声をかけた瞬間、Aさんはびくっと身体を震わせました。

少し間を置いたあと、Aさんは小さな声で言いました。

「…押しちゃ、ダメだと思ってました」

何のことか分からず聞き返すと、Aさんは視線を伏せたまま、ぽつりと続けました。

「ナースコールを押そうとすると、呼ぶなって、声がするんです」

Aさんには、ナースコールに手を伸ばすたび、「呼ぶな」「押すな」と命じる幻聴が聞こえていました。

さらに、押すことで「自分の居場所が知られてしまう」「監視されてしまう」そんな強い恐怖もあったそうです。

Aさんにとってナースコールは、助けを呼ぶためのものではなく、危険を招くスイッチでした。

静かだったのは、安定ではなく「孤立」だった

Aさんはその一週間、幻聴・幻覚に怯えながらも、ナースコールを押さずに耐えていました。

トラブルを起こさないように。目立たないように。

「問題のない患者」でいようとしていたのかもしれません。

私たちが「落ち着いている」と受け取っていた沈黙は、Aさんにとっては、孤立の時間でした。

「必要な時は押してください」という言葉は、確かに伝えたはずでした。

けれど、病状や受け取り方によって意味は全く違うものになります。

ナースコールが鳴らないときこそ、立ち止まる

精神科では、「問題行動がないこと」が、必ずしも安心材料にはなりません。

ナースコールを押さない患者さんには、押さない理由ではなく、押せない理由があることがあります。

あの一週間は、本当に穏やかだったのか。

あの沈黙に、もっと早く気づくことはできなかったのか。

Aさんの「呼ぶなって、声がするんです」という言葉は、今も私の中に残っています。

静かな病室で流れる、「何も起きていないように見える時間」ほど、私たちは慎重でなければならない。

そんなことを突きつけられた出来事でした。



ライター:こてゆき

精神科病院で6年勤務。現在は訪問看護師として高齢の方から小児の医療に従事。精神科で身につけたコミュニケーション力で、患者さんとその家族への説明や指導が得意。看護師としてのモットーは「その人に寄り添ったケアを」。


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