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高齢の父も必死に耐えたPCR検査だったけれど…保健所からの結果はいかに<五十路日和>

  • 2026.1.9

インスタグラムやブログで家族の話をつづっているおーちゃんによる50代の日常を描いたマンガ。
数年前の夏、当時70代の母が新型コロナウイルウイルスに感染し、ホテル療養することに。ホテル療養を終えるまで、80代の父と暮らすことになりました。当時はコロナ禍ということもあり、PCR検査方法もドライブスルー形式が取られていました。

保健所からの指示で、初めての痛みに耐えながらPCR検査を受けた父とおーちゃん。ついに検査結果が出て……。

恐怖の「ぐりぐり」

こんにちは、孫ラブのおばちゃんのおーちゃんです。

当時、初めてのPCR検査は、鼻がもげそうな痛みを伴いました。

個人的な感想ですが、検査の際は口を閉じて受けるより、口呼吸しながらだと痛みが和らいだような気がしました。

検査後、父と帰宅したその日は2人とも疲労感でクタクタだったように思います(汗)。

そして翌日の夕方に、保健所からの連絡が入りました!

私は陰性だったのですが、父は陽性だと判定……。

すぐに私の兄たちに報告した覚えがあります。

当の本人は少しせきが出る程度で、いつもと変わらず生活していました。

当時、私にできることはただ父の経過観察のみだったのです。

※実際にはマスクをしている場面も、イラストでは省略しています。

※記事の内容は公開当時の情報であり、現在と異なる場合があります。記事の内容は個人の感想です。

※本記事の内容は、必ずしもすべての状況にあてはまるとは限りません。必要に応じて医師や専門家に相談するなど、ご自身の責任と判断によって適切なご対応をお願いいたします。

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監修者:医師 こまがた医院院長 駒形依子 先生

東京女子医科大学医学部卒業。米沢市立病院入職後、再び東京女子医科大学に戻り、専門医を取得。同大学産婦人科に入局し産婦人科医として働きつつ、性科学を学び、また東京女子医科大学東洋医学研究所で東洋医学を学ぶ。2019年1月に地元山形県米沢市にて、こまがた医院を開業。著書に『子宮内膜症は自分で治せる(マキノ出版)』『膣の女子力~女医が教える「人には聞けない不調」の治し方(KADOKAWA)』。


著者:マンガ家・イラストレーター おーちゃん

ベビーカレンダー/ウーマンカレンダー編集室

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