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27年前、5人がカバーした「頑張れ」を言わない応援歌 異彩を放っていた「素朴さ」

  • 2026.2.12

「27年前の冬、朝の冷たい空気を感じながら、誰かの隣で笑っていた記憶はあるだろうか?」

1999年。ミレニアムを目前に控え、世界中がどこか浮き足立ち、同時に得体の知れない不安に包まれていた。街にはデジタルなビートが溢れ、派手な演出や刺激的なサウンドがヒットチャートを席巻していた。そんな喧騒の隙間を縫うように、まるで夜明け前の静寂をそのまま音にしたような1曲が届けられた。

SMAP『朝日を見に行こうよ』(作詞・作曲:安田信二)――1999年1月27日発売

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Google Geminiにて作成(イメージ)

当時、すでに国民的な存在として揺るぎない地位を築いていた彼らが、29枚目のシングルとして選んだのは、驚くほどシンプルで、等身大の優しさに満ちたバラードだった。

喧騒の時代に、そっと置かれた一輪の花

1999年という年は、音楽シーンにとっても激動の時代だった。ハイテンポなダンスミュージックや、技巧を凝らしたプロデューサー主導の楽曲が隆盛を極めていた中で、この曲が持つ「素朴さ」は、かえって異彩を放っていたといえる。

イントロから流れるアコースティックな音色と、抑制の効いたリズム。それは、当時の音楽業界が求めていた「強さ」とは対極にある、「弱さや不安を包み込むような柔らかさ」だった

この楽曲を手がけたのは安田信二。もともとは安田のユニット「ミラクルシャドウ」が1997年にリリースした楽曲のカバーである。SMAPが歌い上げたことで、この曲は単なるカバーという枠を超え、多くの人にとっての「救い」のような1曲へと昇華された。

編曲を担当したCHOKKAKUは、原曲の持つエッセンスを大切にしながらも、5人の歌声がより生々しく、聴き手の耳元に届くような繊細なアレンジを施している。

“自分たちの言葉”として響いた、等身大の温度感

この曲の最大の魅力は、過度な装飾を削ぎ落としたからこそ際立つ、「5人の歌声の質感」にある。当時の彼らは、個々がバラエティやドラマで圧倒的な存在感を放ちながらも、グループとして集まったときには、どこか近所の兄のような、あるいは同じ時代を生きる友人のような、不思議な親近感を漂わせていた。

完璧に磨き上げられたコーラスワークではないかもしれない。けれど、一人ひとりの声が持つ揺らぎや温かさが重なったとき、そこにはプロの技術だけでは説明できない「真実味」が宿る。

「かっこいい誰か」ではなく「等身大の僕ら」が歌うからこそ、「朝日を見に行こうよ」というシンプルな誘いの言葉が、聴く者の心に真っ直ぐに刺さったのだ。それは、大きな時代の節目において、人々が最も必要としていた「ささやかな日常の肯定」だったのかもしれない

カバー曲という枠を超え、グループの魂になった瞬間

『朝日を見に行こうよ』が今なお名曲として語り継がれる理由は、その普遍的なメッセージ性にある。「頑張れ」と背中を押すのではなく、「隣にいるよ」とそっと寄り添う姿勢こそが、彼らの音楽性の本質を象徴している。

派手なライトを浴びるステージの上ではなく、冷たい風が吹く海岸線や、街灯が消えかかる深夜の国道。そんな日常の風景の中にこそ、本当の救いがあることを、彼らはその歌声で証明してみせた。

また、本作は彼らにとって1990年代を締めくくる重要な作品のひとつでもある。激動の10年間を駆け抜け、次なる時代へと向かう直前、一度立ち止まって呼吸を整えるような、そんな静かな決意がこの曲には込められていたように思う。派手なファンファーレではなく、静かなメロディで時代を跨ごうとしたこと。その選択そのものが、アーティストとしての成熟を感じさせる。

時代が変わっても、変わらない光がそこにある

あれから27年。世界は驚くほどのスピードで形を変え、私たちの手元にあるデバイスも、街の景色も、音楽の聴き方さえも一変した。1999年に感じていた「未来への不安」は、形を変えて今も私たちの隣に座っている。

それでも、ふとした瞬間にこの曲が流れてくると、あの冬の朝の冷たい空気感や、少しだけ前を向こうと思えた当時の記憶が鮮やかに蘇る。それは、この曲が「時代」という流行を追ったのではなく、「人間」という変わらない存在の心に寄り添って紡がれたからだろう。

夜が明ける直前、一番暗くて寒い時間に、誰かの体温を感じながら新しい光を待つ。そんな原風景を、この曲はいつまでも守り続けている。どれほど時が経っても、太陽は必ず昇り、そして彼らの歌声は、今も誰かの夜明けを優しく照らしているのだ。


※この記事は執筆時点の情報に基づいています。