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22年前、『土曜ワイド劇場』から流れた“声とピアノ”の響き 冷えた心に灯をともす“祈りのようなバラード”

  • 2026.2.6

2004年1月。街はまだ新しい年を迎えた高揚感と、冬の厳しい静寂が入り混じる不思議な空気に包まれていた。吐く息が白く染まる夜道、家路を急ぐ人々の心に、ふわりと寄り添うような温かな旋律が舞い降りた。

それは、派手な演出で飾る必要などない、ただ「愛している」という真実だけを真っ直ぐに届けるための歌だったように思う。

Kiroro『もう少し』(作詞・作曲:玉城千春)――2004年1月21日発売

凍った心を溶かす、ピアノが紡ぐ「最初の数秒」

この曲を語る上で、まず触れなければならないのは、あの美しくも繊細なイントロだろう。

柔らかな光が差し込むように、静かに、けれど確かな意志を持って奏でられるピアノの旋律。その数秒間の音色が、一瞬にして聴く者の心を「2人だけの世界」へと誘っていく

それは、騒がしい日常のノイズを遮断し、心の一番深い場所にある大切な記憶を呼び覚ますための、穏やかな合図のようでもあった。

Kiroroにとって通算14枚目となるこのシングルは、彼女たちが歩んできた道のりの中でも、とりわけ「愛の純度」が高い作品ではないだろうか。

ボーカル・玉城千春の歌声は、ピアノの音色に導かれるようにして、一点の曇りもない透明な響きを放つ。そこにあるのは、若さゆえの情熱的な恋ではなく、酸いも甘いも噛み締めた上で、なお「この人と生きていきたい」と願う、静かな、けれど揺るぎない愛の決意のように思える。

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2005年、東京・世田谷区の保育園でミニコンサートを行ったKiroro(C)SANKEI

緊迫した夜を癒やす、究極の「安らぎの定位置」

この曲はテレビ朝日系『土曜ワイド劇場』のエンディングテーマとして起用された。数々のドラマティックな事件が解決し、登場人物たちがそれぞれの人生へと戻っていく終幕。その直後に流れ出す『もう少し』の旋律は、緊迫した物語の余韻を優しく包み込み、視聴者の心をゆっくりと凪の状態へと戻していく魔法を持っていた。

編曲を手がけた重実徹は、Kiroroの最大の魅力である「声とピアノ」の響きを何よりも尊重した。余計な装飾を削ぎ落とし、言葉の一つひとつが呼吸するように配置された音作り。

だからこそ、ドラマという非日常の世界が終わった後、私たちの目の前にある「当たり前の日常」が、いかに尊く、愛おしいものであるかを再確認させてくれたのだ

「愛している」という言葉を安易に使わずとも、音の余白から溢れ出す深い慈しみが、聴く者の孤独をそっと抱きしめていた。

「もう少し」という言葉に込められた、重厚な愛の確信

カレンダーをめくるたびに、時間は無情にも過ぎ去っていく。けれど、この曲が描き出すのは、時間の流れに怯える姿ではない。

「もう少し、ねぇもう少し」というリフレイン。そこには、ただ甘えたいという願い以上に、魂の深い部分で相手と混ざり合い、一つの存在になろうとする崇高な愛が宿っている。それは、相手のすべてを受け入れ、自分のすべてを捧げるという、自己犠牲にも似た深い献身だ。

私たちはこの歌を通して、誰かを想い、誰かに必要とされることの絶対的な幸福を噛み締めていた。それは、一時の「恋」という揺らぎを超えた、一生をかけて育んでいく「愛」という名の大きな河の流れのようだった

22年の時を超え、今も心に響き続ける理由

今、改めてこの曲に耳を傾けると、当時の冬の空気感とともに、不思議なほどの温もりが心に広がっていく。

たとえ、隣にいる人が当時とは変わっていたとしても、あるいは独りで夜を過ごしていたとしても、この曲が持つ「無償の愛」の波動は、今も変わらず私たちの内側に届く。

『もう少し』というタイトルは、愛する人への甘やかな願いであると同時に、自分自身への「今の幸せを噛み締めて」という励ましだったのかもしれない。

流れ星のように消えてしまいそうな儚い瞬間を、永遠の記憶として心に刻む。

Kiroroが22年前に放ったその真摯なメッセージは、効率やスピードが重視される現代において、より一層の輝きを増している。

夜空を見上げ、ふと誰かの声が恋しくなったとき。あのピアノのイントロが鳴り響けば、私たちはいつでも、あの温かな「愛の原点」へと帰ることができる。

季節が巡り、どれほど時間が経とうとも、この曲が灯した優しい火は、決して消えることはない。「もう少し」という祈りは、これからも形を変えながら、愛を信じるすべての人々の心に寄り添い続けていく。


※この記事は執筆時点の情報に基づいています。