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40年前、“潮騒”を連れてきた3人の歌声 流行の角に消えた“忘れられない季節”の記憶

  • 2026.2.1

1986年1月。街はきらびやかな消費文化に踊り、誰もが「次」の流行を追いかけていた。けれど、華やかなネオンが映し出すショー・ウィンドウの向こう側には、置いてけぼりにされた孤独や、忘れられない季節の欠片が確かに落ちていた。そんな都会の冬の、静かな焦燥感を切り取った一曲がある。

麻生真美子&キャプテン『真冬のビーチ・ボーイ』(作詞:荒木とよひさ・作曲:馬場孝幸)――1986年1月21日発売

この曲が描き出したのは、決して晴れやかな南国の情景ではない。冬の都会で、もうここにはない「海」を忘れられずにいる“迷子”たちの、震えるような心象風景だったのだ。

硝子の街で彷徨う、終われない季節の影

麻生真美子&キャプテンの三人がステージで見せた、あの正確無比なパフォーマンス。それは単なるアイドルの活気ではなく、都会の冷徹な空気の中で「自分自身を磨き上げようとする、切実な意志」のようにも見えた。

センターを務める麻生真美子の歌声は、どこか突き放すようなクールさと、抱きしめたくなるような寂しさが同居している。脇を固めるのは、スクールメイツ出身で松本伊代のバックダンサー兼コーラスを担当していた北沢清子と山本恵子。彼女たちの洗練された動きが、歌詞に描かれる冷ややかな質感を見事に体現していた。

若草恵によるアレンジも、この曲においては単なるアップテンポな歌謡曲に留まらない。どこか追い立てられるようなビートは、バックミラー越しに「昨日」を探してしまう男の子たちの、言葉にならない寂しさを加速させていく。

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麻生真美子(左)とキャプテンの北沢清子(中央)と山本恵子(右)-1984年撮影(C)SANKEI

「若さ」という残酷で美しい特権

この楽曲の核心は、時間の残酷さと「若さ」という季節への肯定にある。昨日よりもたくましくなろうと足掻き、悩みながら生きる。そんな泥臭いまでの生命感を、彼女たちはあえて無機質な都会の風景の中で歌い上げる。

「若さなんて無駄にするだけでいいのさ」と言い切る潔さ。それは、当時を生きる若者たちにとって、どれほどの救いになっただろうか。何者かにならなければならないというプレッシャーの中で、海の匂いをさせながら立ち止まることを許してくれる。この曲には、都会の孤独を優しく包み込むような、独特の包容力が宿っている。

麻生真美子の凛とした佇まいと、キャプテンの二人が作る完璧なフォーメーション。その三位一体の表現があったからこそ、この深い孤独を描いた歌詞は、単なる感傷を超えて、聴く者の背中を静かに押すエールへと昇華されたのである。

時代の角に消えていった、あの日の潮騒

麻生真美子が後にソロとなり、キャプテンの二人が「Be-2」として新たな道を選んだように、時間は否応なしに過ぎ去っていく。あのとき、バックミラー越しに必死で探していた「Yesterday」は、今ではもう遠い空の向こうだ。

けれど、ふとした瞬間にこの曲が流れると、私たちは一瞬で1986年の冬へと引き戻される。寂しい黄昏時に、胸をよぎる遠い日の記憶。それはきっと、どれほど時代が変わっても、私たちの心の奥底に眠っている「忘れられない季節」なのだろう。

『真冬のビーチ・ボーイ』は、冬の寒さを紛らわせるための歌ではない。冬という孤独な季節を、自分らしく生き抜くための「心の防寒着」のような名曲だったのだ。三人の歌声が重なり合う瞬間、私たちは今でも、アスファルトの匂いの中に微かな潮風を感じることができる。


※この記事は執筆時点の情報に基づいています。