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40年前、発展途上の“少女”が放った未完成のデビュー曲 静かな決意を宿した“元日生まれの物語”

  • 2026.1.24

40年前、デビューという言葉は、今よりもずっと重く、そして少し怖かった。レコード店のガラス越しに並ぶ新人の名前は多く、そこから“残る”のはほんのひと握り。1986年の元日、日本がまだ正月の空気に包まれていたその朝、一人の少女が静かに音楽の世界へ足を踏み入れた。

真璃子『私星伝説』(作詞:麻生圭子・作曲:鈴木キサブロー)――1986年1月1日発売

派手な号砲も、大きな仕掛けもない。けれど、この曲には、始まりの瞬間にしか宿らない、張りつめた透明感が確かに刻まれていた。

まっさらな名前に託された、ひとつの選択

真璃子は、この『私星伝説』で歌手としてのキャリアをスタートさせた。1月1日発売という日付は、象徴的だ。年の始まりであり、物語の始まりでもある。そのタイミングで世に出たデビューシングルは、彼女自身の“これから”をそのまま音に封じ込めたような存在だった。

作詞を手がけたのは麻生圭子。繊細でありながら、内側に芯を持った言葉選びに定評のある作家だ。そして作曲は鈴木キサブロー。1980年代の歌謡曲とポップスを横断しながら、多くの新人に“最初の一歩”を与えてきた存在でもある。

この布陣が用意したのは、過度に大人びた楽曲でも、子供っぽさを強調した曲でもなかった。「少女」と「表現者」の境目に立つ、その瞬間の揺らぎを、丁寧にすくい取った一曲だったのである。

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1986年、第17回日本歌謡大賞で歌う真璃子(C)SANKEI

大きく語らず、そっと輝くメロディ

『私星伝説』の魅力は、決して声を張り上げない点にある。旋律は穏やかで、ドラマティックな展開を誇示することもない。それでも耳を離れないのは、鈴木キサブローによるメロディが、無理なく感情の輪郭をなぞってくるからだ。

編曲を担当した山川恵津子の仕事も、この曲の印象を大きく左右している。シンセサイザーやリズムは控えめで、あくまで歌声を中心に据えた設計。音の隙間に、デビュー曲ならではの緊張感と、ほんのわずかな不安が滲む。

真璃子の透明感あるボーカルは、完成されすぎていない。だからこそ、そこにリアリティがある。

「これから何者になるのか、まだ自分でも分からない」

その感触が、声の端々から伝わってくるのだ。

1986年という時代の、静かな入口

1986年は、アイドルやポップスが華やかさを競い合っていた時代だった。

テレビでは派手な演出が増え、音楽も分かりやすい強度を求められていた。そんな中で『私星伝説』は、流行の最前線に身を置くというよりも、少し距離を取った場所から空を見上げているような佇まいを見せていた。

それは決して弱さではない。むしろ、自分の速度で進むという、明確な意思表示だったようにも思える。新人であることを誇張せず、背伸びもしない。その選択は、短期的な派手さよりも、長く残る感触を大切にしていた。

元日にリリースされたという事実も、この曲の性格をよく表している。騒がしいスタートではなく、静かに始まる一年。その最初の音楽として、この曲はとても正しかった。

星は、誰の中にもひっそりとある

40年経った今、改めて聴くと、このデビュー曲は“未完成”であることを恐れていないように感じられる。むしろ、未完成であることこそが、この曲の価値なのだと教えてくれる。

誰もが、自分だけの星を探していた時代。その入り口に、そっと置かれていた一曲。それが『私星伝説』だった。


※この記事は執筆時点の情報に基づいています。