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EV車を購入も「ダウン着用…」50代男性が納車1年足らずで『テスラ』を手放した“誤算”のワケ

  • 2025.12.26
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出典元:PIXTA(画像はイメージです)

こだわりのガソリン車を乗り継いできた50代男性。ありふれた車を避け、先進性を求めてテスラ・モデルYを購入しました。充電事情も事前に調べ、自分なら運用できると判断しての決断。

しかし彼を待っていたのは、その計算を狂わせるリアルな日常の不便さでした。憧れのEVライフが、なぜわずか1年足らずで幕を閉じることになったのか、その全貌に迫ります。

皆さんは、今の愛車選びに何を求めましたか。燃費や利便性でしょうか、それとも所有する喜びでしょうか。街ですれ違う機会の多いハイブリッド車やミニバンでは満足できず、自分だけのこだわりを表現したい。そう考える大人の男性は少なくないはずです。

今回ご紹介するのは、そんな人と違うクルマを求めて、長年愛したエンジン車から話題のEV、テスラ・モデルYへと乗り換えた50代男性のエピソードです。彼は決して無計画に購入したわけではありませんでした。それでも手放すことになってしまった、その理由と背景を一緒に見ていきましょう。

デメリットも計算済み。「自宅充電なし」でGOを出した男の論理

彼はもともと、ハイパワーな輸入車やスポーツカーを乗り継いできた、いわゆるエンジン派のドライバーでした。「EVなんて音もしない家電のようなものだろ」と、正直なところ冷ややかな視線さえ送っていたそうです。

そんな彼がテスラと出会ったのは、ふと目にした試乗キャンペーンがきっかけでした。「食わず嫌いも良くないし、どれほどのものか、話のネタに乗ってみるか」。そんな軽い興味本位でハンドルを握ったことが、運命を大きく変えることになります。

そこで彼の心を鷲掴みにしたのが、ミニマリズムを極めた内外装と、かつての愛車たちをも凌駕するEVの加速性能でした。

もちろん、彼もEV特有の充電事情や航続距離の課題については、ネット上の情報などで事前に把握しており、不安がゼロだったわけではありません。しかし、試乗で味わったモーター駆動ならではの圧倒的な「爽快感」と、既存の国産車とは一線を画す「人と被らない」ステータス性は、そんな懸念を吹き飛ばすのに十分すぎるほどの魅力でした。

「これほど刺激的で新しい車に乗れるのなら、多少の不便さは受け入れられる」

そう自分に言い聞かせたのかもしれません。

実のところ、彼の自宅はマンションで、駐車場には充電設備がありませんでした。設置には管理組合との調整など高いハードルがありましたが、彼は近隣の商業施設などに急速充電器があることを確認し、こう結論づけます。

「自分は週末ドライバーだし、外での充電だけで十分に運用できるはずだ」

自宅充電ができないというネガティブ要素を、運用でカバーできると判断したのです。一見すると合理的な計算に見えますが、その根底には、不安要素をねじ伏せてでも手に入れたいという強い所有欲があったのでしょう。これまでの常識だったエンジン音や振動を捨ててでも、未来的な体験と個性を手に入れたい。そんな高揚感が、最終的に彼の背中を押したのかもしれません。

走り出した瞬間は「天国」。しかし徐々に忍び寄る「運用」の影

納車直後の満足度は、まさに「天国」でした。アクセルを踏み込んだ瞬間から始まる加速感、路面に吸い付く走り、そして静寂。友人たちを乗せて走れば、その近未来的な体験に誰もが驚き、彼は得意満面でした。「EVを選んで正解だった」と、心の底から思っていたそうです。

しかし、日常の中で使い込んでいくうちに、事前に立てていた計算との間に「小さなズレ」が生じ始めます。

ある週末、ふと思い立って少し遠くの海までドライブへ行こうとした時のことです。車に乗り込みモニターを見ると、バッテリー残量は40%。ガソリン車なら「とりあえず出発して、途中で入れればいい」と考えますが、EVでは「往復できるか?向こうで充電スポットを探す必要があるか?」という思考が先に立ちます。

「まずは充電スタンドに行かなければ」。そう頭をよぎった瞬間、急に出かけるのが億劫になってしまったといいます。車そのものは走る楽しさに溢れているのに、常に残量を気にしなければならないストレスが、せっかくの魅力を曇らせてしまうのです。

「俺は自由を買ったはずなのに、なぜか段取りに追われている気がする」

そんなもどかしさが、少しずつ彼の心に溜まっていきました。

決定打となった「冬の充電待ち」。ダウンジャケットを着込んで耐えた“現実”

そして迎えた初めての冬。ここで彼は、EV所有におけるシビアな現実に直面することになります。

寒波が訪れたある日、暖房をつけたまま走っていると、バッテリーの減り方が夏場とは明らかに違うことに気づきました。EVにとって、熱を作るヒーターは電気を消費する大きな要因です。快適に過ごそうとすればするほど、航続可能距離が減っていくトレードオフの関係。

「次の充電スポットまで余裕を持たせたい」

そう考えた彼は、あえて暖房を弱めるという選択をします。最新鋭のシステムを搭載した高級車に乗っているにもかかわらず、車内でダウンジャケットを着込み、シートヒーターの温かさだけでハンドルを握る。

ふと、洗練されたステアリングを握る、ダウンジャケットで着膨れした自分の腕に目を落とした時、彼は思わず苦笑してしまったそうです。「未来の車に乗っているはずなのに、やっていることはすごくアナログだな」と。

さらに、充電ステーションでの待ち時間も彼を悩ませました。冷たい雨の降る夜、充電スポットには先客がおり、待ち時間も含めて1時間近くを車内で過ごすことに。買い物を済ませた他の車が、次々と身軽に駐車場を後にしていくのを横目に、彼は静かな車内でじっと充電完了を待ちます。そこで彼が味わったのは、身に染みる寒さと、ただ時間を浪費しているという強烈な虚しさでした。

車としての性能は素晴らしい。けれど、自宅に帰ればスマホのように充電できる「環境」を持っていない自分には、この車は少しオーバースペックだったのかもしれない。そう痛感した瞬間でした。

停電時に充電手段を失う不安や、長距離移動のたびに感じるプレッシャー。それらと天秤にかけた結果、彼は「今の自分の環境では、この車の良さを100%引き出せない」と判断し、1年足らずで愛車を手放す決断を下したのです。

EVを「最高の相棒」にするための条件

結局、彼はテスラを手放すことになりましたが、今でも「車としては最高だった」と周囲に語っています。

もし自宅に充電設備があり、寝ている間に満タンにできる環境であったなら、間違いなく最高の相棒になっていたはずだからです。

今回のケースから学べるのは、EVにおいて「住環境」は、カタログのスペック表には載っていない最も重要な性能だということです。

これからEVを検討されている皆さん、少しだけ立ち止まって想像してみてください。 あなたのガレージや生活リズムは、この新しい相棒を迎える準備が本当に整っていますか?

もしその答えが自信を持って「YES」と言えるなら、EVはきっと、これまでにない未体験の喜びをあなたに届けてくれるはずです。



ライター:根岸 昌輝
自動車メーカーおよび自動車サブスク系ITベンチャーで、エンジニアリング、マーケティング、商品導入に携わった経験を持つ。
現在は自動車関連のライターとして活動し、新車、技術解説、モデル比較、業界動向分析などを手がけ、実務に基づいた視点での解説を行っている。


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