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「そんな毒みたいな薬、誰が飲むか!」物が飛び交う精神科病棟…看護師が涙を呑んで決断した“最後の手段”

  • 2025.12.26
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出典元:photoAC(画像はイメージです)

こんにちは。現役看護師ライターのこてゆきです。

医療の現場には、正直「どうしてそんなことを…」と思ってしまうような要求が届くことがあります。しかし精神科の現場で出てくる理不尽は、少し種類が違います。

そこにあるのは、わがままではなく、病気そのものが言わせている言葉だったりするからです。中でも、私たちが一番対応に苦しむのが、

「私は病気じゃない」「治療なんて受けない」「自由にさせろ」

という、病識が乏しい患者さんの治療拒否です。

今回は、そんな強い拒否の中で、「命を守ること」と「人としての尊厳を守ること」その狭間で揺れた、ある日の出来事をお話しします。

「私は病気じゃない!自由を返せ!」

その日、統合失調症で入院中のAさんが、突然、内服を拒否し始めました。

「私は病気じゃない!」

「そんな毒みたいな薬、誰が飲むか!」

Aさんの声はどんどん大きくなり、目は鋭く、全身から強い警戒心が伝わってきます。

ただ薬を勧めているだけなのに、まるで私たちが敵になったかのようでした。

このまま興奮が続けば、Aさん自身がケガをするかもしれない。周囲の患者さんに影響が出るかもしれない。私たちは、Aさんだけでなく、病棟全体の安全も同時に考えなければなりません。

それでもAさんは叫び続けます。

「今すぐ退院させろ!」「自由を返せ!」

Aさんにとっては、これが本心でした。閉じ込められている感覚、誰にも信じてもらえない苦しさ。その全部が、この叫びに詰まっていました。

でも私たちは、「危ないときほど、守らなければならない」という立場にいます。そのジレンマが、精神科看護のいちばん苦しいところです。

興奮のピーク、そして保護室という選択

やがてAさんは、ついに物を投げ始めました。病棟の空気が、一気に張りつめます。

私たちは、最後の選択として、保護室への誘導を決断しました。

それは、Aさんの「自由」を一時的に奪う行為です。私たち看護師にとっても、胸が締めつけられるような判断です。それでも、今この瞬間にケガをさせないこと、命を守ること、それを最優先にしなければなりません。

複数のスタッフで声をかけ、体の安全を守りながら最小限の力で誘導します。

その間も、私たちは言い続けます。

「Aさん、今は興奮が強くて危険です」

「あなたを傷つけるためじゃありません」

「少し落ち着くまで、ここで休みましょう」

怒鳴り声の中で、どこまで届いていたかは分かりません。それでも私たちは、「あなたの敵じゃない」というメッセージだけは、決して手放しませんでした。

制限のあとに残るのは、「怒り」ではなく「怖さ」

しばらくして、Aさんは少しずつ落ち着きを取り戻しました。隔離が解除されたあと、私はAさんの部屋を訪ねました。

さっきまでの激しさが嘘のように、Aさんは静かにベッドに座っていました。

その表情は、怒りというよりも、どこか疲れ切ったように見えました。私は、あの時間を「罰」にはしたくなかったのです。

「さっきは、本当に怖かったですね」

「私たちは、Aさんにケガをしてほしくなくて、あの対応を取りました」

「落ち着いてくれて、ありがとうございます」

そう伝えると、Aさんはうつむいたまま、小さくうなずきました。

治療を拒否する言葉の奥には、病気への恐怖、失う自由への恐怖、信じてもらえない苦しさ、いろんな感情が絡み合っています。

それを無理やり押さえつけてしまえば、患者さんの心は、もっと遠くへ閉じてしまいます。

「私は病気じゃない」という叫びの正体

精神科でよく聞く、「私は病気じゃない」という言葉。

それは、理不尽な反抗なんかじゃなくて、病気として扱われることへの恐怖そのものなのだと、私は思っています。

自分がおかしいと認めるのが怖い。この先、どうなってしまうのか分からなくて怖い。自由がなくなるのが、ただただ怖い。

その怖さが、「治療なんて受けない」という言葉になって飛び出してくるのです。

制限は、対立ではなく「守るため」にある

私たちが行う制限は、患者さんと戦うためのものではありません。安全を守るための、最後の手段です。

心と身体、どちらも守らなければならない。そのためには、ときに「自由を止める」という、つらい選択も必要になります。

しかしその後に、きちんと説明すること、恐怖に寄り添うこと、人としての尊厳を守り続けること。それこそが、心と身体、両方を見るプロとしての看護なのだと、私は思っています。

「私は病気じゃない!」

そう叫ぶ患者さんの声の奥にある、ほんとうの気持ちを、今日も私たちは受け止め続けています。



ライター:精神科病院で6年勤務。現在は訪問看護師として高齢の方から小児の医療に従事。精神科で身につけたコミュニケーション力で、患者さんとその家族への説明や指導が得意。看護師としてのモットーは「その人に寄り添ったケアを」。


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