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深夜2時の『今すぐ来て』。訪問看護師が電話の向こうに見た、”胸の苦しさ”の本当の理由

  • 2025.12.24
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出典:photoAC(※画像はイメージです)

こんにちは。現役看護師ライターのこてゆきです。訪問看護の仕事は、病院と違って、患者さんの「生活そのもの」に寄り添う仕事です。

24時間対応の体制を取っている事業所では、深夜でも、早朝でも、電話が鳴ります。

その電話のすべてが、命に関わる緊急事態とは限りません。中には、「それ、今じゃないとダメ?」と思ってしまうような内容も、正直あります。

でもその今すぐ来ての奥には、症状では説明できない、もっと別の理由が隠れていることがあります。

深夜2時、鳴り止まないコール

それは、夜中の2時を過ぎた頃でした。当番だった私の携帯が、静かな部屋に鳴り響きました。

電話の主は、利用者さんのAさん。

高齢でひとり暮らし、病状は安定していましたが、以前から「お茶をこぼした」「テレビのリモコンが動かない」など、緊急性の低い理由で、たびたび電話がかかってくる方でした。

嫌な予感がしながらも、すぐに電話に出ます。

「先生、今すぐ来て!胸が、胸が苦しいのよ!」

受話器越しの声は、明らかに切羽詰まっていました。私は呼吸の様子や、痛みの場所、動けているかどうかを、落ち着いて1つずつ確認していきます。

しかしやり取りをしている限り、心筋梗塞や呼吸困難を疑うような、はっきりした症状は見当たりません。

それでもAさんは、繰り返します。

「とにかく来てくれなきゃ死んじゃうの!お願い、今すぐ来て!」

このまま救急車を呼ぶべきか。それとも、これは別の理由なのか。

過去のAさんとの関わりを思い出しながら、私は静かに考えていました。

「胸の苦しさ」の正体は、孤独だった

しばらく話を聞き続けていると、Aさんの声のトーンが少し変わりました。

そして、ぽつりとこんな言葉がこぼれたのです。

「…私、このまま誰もいない部屋で、ひとりで死んじゃうんじゃないかと思って」

「誰か、そばにいてくれたら、それでいいのよ…」

その瞬間、私ははっきりと分かりました。

Aさんの「胸の苦しさ」の正体は、心臓ではなく、ひとりでいる不安と、どうしようもない孤独だったのです。

深夜に「寂しいから来てほしい」というのは、訪問看護のサービスとしては、確かに理不尽な要求です。

限られた人員で、たくさんの利用者さんの命を支えている私たちは、その願いをすべて叶えることはできません。

もし一度でも「寂しいから」という理由で深夜訪問をしてしまえば、同じことが何度も続き、本当に命に関わる人への対応が遅れてしまう危険もあります。

こうした行動は、時に「ルールを守らない利用者」「過剰な要求」と見なされてしまうかもしれません。でも私は、その言葉で片づけることがどうしてもできませんでした。

これはワガママじゃなくて「孤独」という、目に見えない苦しさそのものだったからです。

すぐに行けない。それでも、ひとりにはしない

私はAさんに、こう伝えました。

「Aさん、今すぐお家に行くことはできません。でも、今こうして電話でつながっています」

「怖かったですね。でも、あなたは今ひとりじゃないですよ」

そのまま、私は電話を切らず、Aさんの話を聞き続けました。昔の話や今の不安、誰にも言えずに溜め込んでいた気持ち。

気づけば、10分ほどが経っていました。

訪問という形ではありませんでしたが、私はその時間、確かに「看護」をしていました。

身体に触れなくても、そばに行かなくても、不安に寄り添うことはできると、あらためて感じた夜でした。

電話の向こうで、Aさんの呼吸が少しずつ落ち着いていくのが分かりました。

「ありがとう。だいぶ落ち着いたわ」「こんな時間にごめんなさいね」

そう言って、Aさんは電話を切りました。

命を守るラインと、心を守るラインのあいだで

訪問看護師は、いつも2つのラインの間で揺れています。

ひとつは、命を守る医療のライン。バイタル、症状、緊急性の判断。もうひとつは、心を守る福祉のライン。孤独、不安、安心できる居場所。

どちらも大切で、どちらか一方だけでは、患者さんを支えることはできません。

「行かない」という判断も、「冷たい」のではなく、患者さんの命と私たち自身のケアを守るためのひとつの選択です。

その代わりに、話を聞くこと、安心を届けること、ひとりにしないことで応える。

深夜の「今すぐ来て」という言葉の裏にあるのは、症状ではなく「ひとりでいるのが怖い」という、ただそれだけの気持ちだったりします。

今日もどこかで、誰かの不安が夜の電話になって鳴っているのかもしれません。そして私たちは、その音の向こうにある本当の声を今日も探し続けています。



ライター:精神科病院で6年勤務。現在は訪問看護師として高齢の方から小児の医療に従事。精神科で身につけたコミュニケーション力で、患者さんとその家族への説明や指導が得意。看護師としてのモットーは「その人に寄り添ったケアを」。


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