森万里子の”白いアトリエ”を舞台に纏う、ロマンティックなパステルスタイル

現代アーティストの森万里子が宮古島に建てたアトリエ《ユプティラ（YUPUTIRA）》は、バロック真珠のような色や曲線のフォルムから、生命を宿した繭のようにも、もしくは地上に着陸した宇宙船のようにも見え、周囲を囲む大海原や大自然とともに幻想的な風景をつくり出している。今回、この《ユプティラ》では初となるファッションストーリーの撮影が行われ、トップモデルのクロエ・オーとともに森本人と娘の万奈が登場した。撮影時、「モードに関わる方々の美意識の高さや情熱がひしひしと伝わってきました」という森は、「この建物は創作の場として日常的に用いているため、公開することはごく限られておりますが、このたび皆さまと分かち合う機会をいただけましたことを、心よりうれしく思っております」と語ってくれた。

日本神話や仏教、量子物理学等を綿密にリサーチし、最新のテクノロジーを融合させて、光や自然、宇宙といったテーマで未来的かつ神秘的な世界観を創造してきた森万里子だが、《ユプティラ》は彼女にとって初めての建築作品になったという。この名称が宮古言葉（みゃーくふつ）の「ユプ（豊か）」と「ティダ（太陽）」に由来していることが示している通り、建物の構想はこの土地や地域社会への崇敬の念が発端になっており、また創作活動と同様に彼女の自然観や世界観、すなわち“ONENESS（万物の一体性）”の思想が根底にあると言える。

森が初めて宮古島を訪れたのはおよそ20年前。この土地の大自然や精神性に心揺さぶられた彼女は、以来、さまざまなかたちで縁を結んできた。その関係性は森の芸術哲学にも影響を及ぼし、七光湾に恒久設置された高さ4.2mのパブリックアート《サンピラー》（2011）など、複数の重要作品へと発展していったが、《ユプティラ》もまさにその一つ。そのアイデアやコンセプトは、森が宮古島北部の八重干瀬（やびじ）でシュノーケリングをした際の体験から生まれている。「八重干瀬は日本で最もサンゴの種類が多く、テーブルサンゴをはじめ約三百種類が生息しています。そこで手つかずの自然を目のあたりにしたとき、『私たちもサンゴと同じ自然であり、サンゴから見れば人間もまた美しい命の輝きと映っているのではないか』という思いが浮かびました」という森。「現代社会では自分もまた自然の一部であることを忘れてしまいがちですが、自然の持つ普遍性と刹那刹那にうつろう儚さが鏡となり、そこに私たちの内にもまた、同じ本質を見出すことができます」と語る彼女は、「禅仏教における枯山水のように、自然は心の動きに対応する存在であり、自身の心を映し出してくれる」のだという。《ユプティラ》はまさにこのような自然との一体化を経験するための装置として設計されたのだ。

森は直線が存在しない自然界に倣って、《ユプティラ》の建築はすべてを曲線でデザインしたという。独特の有機的なフォルムは、波に丸く削られた白珊瑚からインスピレーションを得ている。鉄筋コンクリート造りで、地下1階・地上2階建て、建築面積385㎡、延床面積490㎡という規模で、アトリエ、茶室、リビング、書斎、3つのベッドルームを備えるが、メッシュのような特殊なトラス構造により実現した厚い外壁が独特の形態やボリューム感を保ち、外観のみならず内部の壁や天井、床、階段までもがゆるやかな曲線をおびている。

また、太陽の軌道や目前に広がる海の景色をふまえて、窓の配置なども考え抜かれているという。アトリエが実現するまでにかかった年月は、およそ15年。構想当初は建設不可能とまで言われたほどさまざまな困難がともなったが、特殊な技術をもつ会社からの協力を得て、トラス構造の製作は台湾で行うなど、宮古島の建設会社が統括して、国際的なチームにより施工が進められたという。そして、特筆すべきは、矜持をもって参加した職人たちの存在だろう。「外装の左官仕上げは大阪の職人さんが何カ月も宮古島に滞在し一人で完成させてくれました。また、茶室の漆喰は神戸の職人さんが手がけてくださったのです」という森は、「国内外、それから地域の方々のご厚意と想い、職人魂に触れ強い感銘を受けた」と振り返る。

森は《サンピラー》建設当時、「宮古島には自然を継承するための大切な、豊かな文化がある。私の作品を通じてそれを世界に発信して、宮古のことを多くの人に知ってもらいたい」と語っていたことがあるが、そんな彼女にとって、2022年の《ユプティラ》竣工時には、非常に思い出深い経験があったようだ。

「建物のある狩俣地区では冬至を祝う習慣があり、新築の家が建てられた年はそこで祝うことになっています。《ユプティラ》が完成したときも、その祝いの場となりました。地域の人々が集い、歌って踊りながら、冬至を祝ってくださいました。その光景に深い感動を覚え、温かく迎え入れていただいたこと、そして地域の方々に喜んでいただけたことは、私にとってかけがえのない宝物です」

拠点はニューヨークに構えているが、すこしでも時間がとれれば宮古島で過ごすという森。そんな彼女の《ユプティラ》での一日は、極めてストイックと言ってもよいだろう。「朝からドローイングを描きはじめ、午後になってアトリエに西日がさしてくると、紙が乾くのを待つ間に書斎で仮名書道を行ったりお茶室で瞑想をします。夕方から夜にかけては、午前中に書いたドローイングを仕上げる作業にかかって、翌日描くドローイングのための構成を行う」という。このように、普段はこもって制作に集中するための場である《ユプティラ》だが、夏休みなどは家族が訪れる。一緒に美しい海中世界を探検するなど、森にとって貴重な時間となっていると微笑む。

今回のシューティングに、母とともに参加してくれた万奈は、日本を代表する現代アーティスト・森万里子の血を受け継ぎながらも、別のジャンルを歩んでいる。ニューヨーク大学で哲学を専攻したのち、ファッションとナイトシーンを融合したイベントを行う「Midnight Runway」を仲間と共同設立し、新鋭のファッションデザイナーに焦点をあてるランウェイ・イベントをプロデュースしている。ニューヨークではこれまでに5回、また東京でも2回開催しているという。クリエティブな面でアドバイスを求められたことは？ と尋ねると、森は笑いながら「そういったことはほとんどなくて、娘は我が道を行くという感じです。そうやって自分の世界をどんどん創っていってほしい」と答えてくれたが、続けて「クリエイティブな仕事をするためには遊び心が大切ですが、自分だけが楽しむのではなく、喜びを周囲の人々とシェアしながら創り上げていくことの重要性を娘は私に思い出させてくれました。そういう姿勢を尊敬しています」と語ってくれた。

自身もファッションは「大好き」という森は、誰もが“森万里子らしいスタイル”として思い浮かべるであろう、あのシニヨンを独自にアレンジした髪型や純白の服装も、すべて自身で手がけているのだという。装うことは「遊び心を日常で一番エンジョイできる」という彼女にとって、「ファッションは自分のアイデンティティをつくり上げるツール」であり、同時に「なりたい自分」に近づく手段でもある。「まだ自分が理想に追いついてなくても、洋服や着物を身につけることで、自分を一歩前に進めることができる」とファッションの力を語る。そして何より「楽しい」という感覚が重要だとも。

身につける服装においても、また自分が身を置く空間においても、森にとって白は非常に重要な色だが、このこだわりには、ある特別な経験からの影響があるのだという。

「20代のころから、幾度となく神秘的な光に遭遇してきました。その光に出逢ったとき、自らもまたその光の一部であるということに気づかされました。光に包まれている間は、生きとし生けるものすべてが光から愛を受けており、そしてその受け手である私たちもまた、愛を与える存在であると感じられます。この体験とその思いを胸に刻むため、私は身のまわりに常に『白』を置くようにしています。そして、体験したヴィジョンを作品へと投影していくことも、ひとつの使命であると感じています」

そんな森にとって、《ユプティラ》でも特に気に入っている場所の一つは、海が目の前に広がるアトリエだという。窓を全開にして外と直接つながる空間は、まさに格別の開放感だ。また、茶室も重要で、お茶を点てるだけでなく、瞑想もここで行うことが多いという。森にとって《ユプティラ》は、自然との一体感を得る場であり、創作の場であるのだ。今回のファッションストーリーには、《ユプティラ》にある森の作品やオブジェもともに登場している。表紙に写るのは、「海を目の前に描いたドローイングから、CGに起こして作品化した」という、森曰く「フォト・ペインティング」と称する手法で制作された作品《Genesis III》（2022）だ。《ユプティラ》の構想を練るきっかけとなった沖縄本島での創作活動において描いたドローイングがもとになっており、八重干瀬の海の世界と、森が感じた光の世界が融合したイメージで構成されている。

また、森自身が手に持って写る透明のリングは、ブラジルのリオデジャネイロにある58mの滝の上に恒久設置したパブリックアート《Ring: One with Nature》の模型。2016年のリオデジャネイロオリンピック開催にあわせて制作されたこの作品は、宮古島の《サンピラー》と同様、年に一回冬至の日に太陽とリングが重なって見える設計と配置になっている。茶室のにじり口に置かれた透明な踏み石も、いかにも森らしい設えで、特定の波長の光だけを反射することでさまざまな色に変化するダイクロイックコーティングが施されている。これは森が近年制作しているアクリル立体作品の《Divine Stone》シリーズでも使われている最新の技術だ。

今年だけでも大阪万博を含み、「時代のプリズム 日本で生まれた美術表現 1989 -2010」展、「ブルガリ カレイドス」展等の複数の展覧会に参加し、現在はニューヨークで個展「Radiance」（Sean Kelly Gallery）を開催（12月20日まで）するなど、多忙な日々をおくる森だが、2026年の10月には、森美術館での大規模回顧展を予定している。森曰く「1995年から制作中の最新作まで、30年分の作品が集められる」という展示には、森が日々培ってきた精神性や、探究心と行動力が存分に反映されることだろう。そこには、きっと森だからこそ創作可能な、光と愛に満ちた作品世界が展開されるのであろうと期待する。

Model and Talents: Chloe Oh, Mariko Mori and Manna Mori Hair: Masashi Konno at Ota Office Makeup and Manicure: Kie Kiyohara Produced by HK Productions Styling Assistant: Miku Hosoda