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90年代後半、大物ギタリストが放った“静かなロック” ミリオン旋風の中で異彩を放ったワケ

  • 2025.12.25

「29年前、冬の街でどんな音が響いていたか覚えてる?」

1996年の始まり。澄んだ空気の中を、人々の足音とストーブの匂いが薄く混ざり合い、どこか“静かな熱”が漂っていた。CDショップの前には新譜を待つ若者たちが並び、深夜のラジオからは新しい時代の息遣いが聞こえてくる。

そんな季節の入口に、ひとつの音がすっと差し込んだ。強さと繊細さが同居する、布袋寅泰ならではの“冷たい火花”のような一曲だ。

布袋寅泰『ラストシーン』(作詞・作曲:布袋寅泰)――1996年1月24日発売

そのタイトルが示すように、どこか映画のエンドロールのような余韻をまとったロックナンバーだった。

心の奥でひっそりと光る“静かな炎”

『ラストシーン』は、布袋寅泰の11枚目のシングルとしてリリースされた。常に時代の先頭を走りながら、サウンドの在り方を塗り替え続けていた彼が、ひとつの“節目”のように届けたのがこの曲だ。

彼の作品には、鋭利なビートと派手なギターワークが前面に押し出された楽曲も多い。しかし『ラストシーン』は、そのイメージだけでは語れない。激しさの中に透明な静けさが宿り、曲全体を柔らかく包んでいる。そのためか、聴き終えた後になってじわじわと胸に染みてくる。

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1996年、東京・日本武道館での布袋寅泰ライブより(C)SANKEI

研ぎ澄まされた音像が描く“余白のドラマ”

布袋の歌声は、激情に頼らず、淡々と語りかけるようなニュアンスで進む。過度な感情表現を避けているからこそ、聴き手の内側にある“まだ言葉になっていない気持ち”にそっと触れてくる。

布袋作品らしいエッジをしっかり残しながらも、そこに寄り添う柔らかな影、そのコントラストが『ラストシーン』最大の魅力だ。

サビに向かう高まり方も自然で、演出を感じさせない。まるで、ある物語のクライマックスを、遠くから見守っているような感覚になる。だからこそ、この曲は派手に心をつかむのではなく、“静かに支配してくる”タイプのロックナンバーなのだ。

時代の空気と布袋寅泰の進化が重なった瞬間

1996年といえば、邦楽シーンがJ-POPへと一気に拡張した時代。ミリオンセラーの連発、CDショップの棚を埋め尽くす新譜、そしてテレビと音楽番組の熱が最高潮だった頃だ。

そんな中で、『ラストシーン』が放つ静かな輝きは、周囲の派手さとは異なる存在感を示していた。布袋寅泰はこの時期、ソロアーティストとしてさらに“音楽の深部”へ向かい始めており、ロックを土台にしつつも、映像的で情緒のある作品を多く生み出していた。

『ラストシーン』はまさにその流れの中にある一曲で、派手なギターヒーロー像だけではなく、表現者としての布袋の多面性を雄弁に物語っている。曲そのものが技巧や勢いではなく、“心に残る残像”を大切にしているからだろう。

終わりではなく、“続き”を想像させるロック

タイトルは『ラストシーン』。でも、この曲が描くのは、単なる終着点ではない。むしろ、その先にまだ見えない物語があるような、深い余韻が残る。映画のエンドロールを見つめながら、自分の記憶が自然に重なっていくような感覚を抱かせるのだ。

布袋寅泰の音楽はいつも、切れ味と情緒を絶妙に混ぜ合わせながら新しい景色を見せてくれる。この曲はその中でも特に、“静かな強さ”が際立った一曲だ。

そして今、29年という時間を経ても、街の明かりの下でふと耳にすると、あの頃と同じ温度で胸の奥に灯りがともる。時代が変わっても、一瞬の光景を永遠に閉じ込めるような力。それが『ラストシーン』を特別にしている。


※この記事は執筆時点の情報に基づいています。