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34年前、伝説が放った“予測不能なメロディ” 不安定なビートが耳を奪うワケ

  • 2025.12.23

「34年前のあの夜、どんな鼓動が胸の奥で鳴っていたか、覚えてる?」

1991年の冬。街のネオンはまだバブルの余韻で眩しく光っていたけれど、その光の陰では、どこかざわつくような気配が漂っていた。景気の行方も、社会の空気も、そして自分の未来も、どれも“どこに向かうのか”が見えない。そんな時代の夜を切り裂くように、あるバンドが鋭い衝動を伴って帰ってきた。

BUCK-TICK『スピード』(作詞:櫻井敦司・作曲:今井寿)――1991年1月21日発売

夜を裂く“焦燥と昂揚”の匂い

BUCK-TICKにとって3枚目のシングルとなる『スピード』は前作『悪の華』から約1年ぶりのリリースとなった。前作で強烈な存在感を示して以降、大胆に深化し続けるバンドの姿を刻みつけるようなシングルだった。

タイトルそのままの“疾走”には、単なるテンポ以上の意味があった。鼓動のように鳴り続けるビート、ギラついたギターのカッティング、どこか焦りにも似た推進力。耳に飛び込むその瞬間、リスナーの身体が勝手にざわめき始めるような、落ち着かない昂揚感がこの曲にはあった。

櫻井敦司のボーカルもまた、感情をあからさまにぶつけるのではなく、深い闇を抱えたまま静かに燃えているような温度感。冷たさと熱さを同時に孕んだその声が、跳ねるビートと交差するたびに、曲全体が“駆け抜ける衝動”へと形を変えていく。

未完成さすら魅力に変える、危うさの美学

この時期のBUCK-TICKは、ビジュアル表現や音楽性が大きく変化し続けていた。『悪の華』で構築したダークでアート性の高い世界観を継承しつつ、『スピード』ではよりプリミティブなエネルギーが前面に押し出されている

音の隙間にも“鋭さ”が残っているようなサウンドは、当時の日本のロックシーンにおいてもどこか異質で、それゆえに強く耳を奪った。同時代の華やかなポップスや、バブルの余韻に彩られたサウンドとは真逆の位置にありながら、“危ういほどの美しさ”がむしろ強い吸引力として働いていた。

今井寿によるメロディラインは、一気に加速するようでいて、どこか不安定で予測不能。完璧な整合性を求めるのではなく、感情の揺らぎをそのまま刻みつけるような構造が、BUCK-TICKの“生きている音”として響き続けている。

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2003年、SHIBUYA-AXでのBUCK-TICKライブより(C)SANKEI

時代の隙間から聞こえてくる“確かな音”

『スピード』に描かれるのは、本能的な“衝動そのもの”だ。だからこそ、この曲は30年以上経った今でもリスナーの心を揺さぶり続けている。あの時代の夜を走り抜けた熱。未来が見えない不安。止まりたいのに止まれない焦燥。どれも言葉ではなく、音でしか表現できない感情だ。

そしてこのシングルは、そんな“音の衝動”をBUCK-TICKが最も真っ直ぐに放った瞬間のひとつとして、今も確かな存在感を放ち続けている。静かな夜に『スピード』を聴くと、不意に胸の奥がざわつく。そのざわつきこそが、この曲が刻み続ける“時代の鼓動”なのだ。


※この記事は執筆時点の情報に基づいています。