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39年前、1位を競った“脱力ポップ”の罠 アニメ曲が30万ヒットしたワケ

  • 2025.12.22

「39年前、あの頃の冬って、どうしてあんなに“にぎやか”だったんだろう?」

白い息がふわっとほどける放課後の空気。学校帰りに寄った駄菓子屋のスピーカーや、家に帰ってつけっぱなしにしていたテレビから、やけに軽やかなメロディが流れ続けていた。そんな1986年の1月、ひときわ耳をつかんだポップソングがあった。

それが、アニメ『ハイスクール!奇面組』のエンディングテーマとして親しまれた、うしろゆびさされ組の2枚目のシングルだった。

うしろゆびさされ組『バナナの涙』(作詞:秋元康・作曲:後藤次利)――1986年1月21日発売

前作に続く同アニメエンディング曲でありながら、ランキング初登場1位を獲得。しかも前週の首位は同じおニャン子クラブの仲間、新田恵利『冬のオペラグラス』で、そのまま“入れ替わるように”1位を獲る展開も、当時らしい熱気に満ちていた。累計30万枚以上を売り上げ、冬の空気すら明るく染め上げてしまうような存在感を放った。

冬空の下で弾けた、コミカルで鮮やかな世界

『バナナの涙』が初めて流れた時、どこかで思わず笑ってしまうような、そんな空気があった。うしろゆびさされ組は、高井麻巳子と岩井由紀子の2人組ユニットとして結成され、アイドルのキラキラ感と、ちょっとふざけた世界観を絶妙なバランスでまとっていた。

彼女たちが歌うこの曲には、アニメのコミカルさと、1980年代中期のポップス特有の“光の粒”のような軽さが、そのまま閉じ込められている。

作詞は秋元康、作曲は後藤次利。おニャン子クラブの黄金タッグとして知られるふたりが手がける音楽は、キャッチーでありながら“少しだけひねりがある”のが特徴だ。『バナナの涙』もまさにその路線で、ユーモラスなフレーズと跳ねるようなリズムが、聴いているだけで身体が自然とウキウキしてくる。アニメと音楽が一体となって、冬の放課後の空気を華やかに盛り上げていた。

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うしろゆびさされ組。高井麻巳子(右)、岩井由紀子-1985年撮影(C)SANKEI

軽やかさの裏に仕掛けられた“中毒性”

この曲の魅力は何より、その“クセになる軽さ”にある。テンポもメロディもキュッと引き締まり、余計な装飾がなく、耳に引っかかるポイントがいくつも散りばめられている。

後藤次利のアレンジはシンプルに見えて、ベースラインやシンセの鳴らし方など、細部まで絶妙に計算されている。曲の中盤で少し抜け感をつくってから、一気に後半へ駆け抜けていく構成も秀逸で、その流れが「気づいたらもう一回聴きたくなる」という音楽的な中毒性を生んでいた。

『ハイスクール!奇面組』の人気も追い風になり、“アニメのEDなのに1位を取る”という、今振り返っても驚くほどの勢いが生まれた。しかも、同じ週間でおニャン子クラブ内の首位入れ替わりが起こるという、グループ全体のムードを象徴する出来事も重なり、曲の存在がさらに華やいで見えた。

アイドルであり、主題歌であり、時代の空気そのもの

『バナナの涙』は、アイドルソングの枠に収まりつつも、アニメのコミカルさ、後藤次利のサウンドセンス、おニャン子クラブ旋風の勢い、そのすべてを内包している。その“全部感”こそが、1980年代半ばのJ-POPを象徴していた。

派手なダンスナンバーや壮大なバラードとは違い、手軽に聴けて、気づけば口ずさんでしまう。曲単体で心を揺さぶるというより、当時の空気と生活の中に、すっと溶け込んでいた。

街のあちこちで流れていたあの明るさは、どこか現実の寒さを忘れさせてくれた。学校帰りの道、夕飯の匂いが漂うリビング、翌日のテスト勉強の息抜き。どの場面にも自然に入り込む音楽だったからこそ、30万枚以上という売り上げだけでは測れない“記憶の深さ”がある。

あの冬の“軽やかな光”は、今もそっと心に残っている

『バナナの涙』は、壮大な愛も、深い悲しみも語らない。だけど、誰もがその頃の自分と一緒に聴いていたような、不思議な親しみがある。

軽く笑ってしまうような楽しさと、なぜか忘れられない温度。

それが、この曲が39年経った今もなお小さく光り続ける理由なのだ。冬の街を明るく染めた“脱力ポップ”は、あの時代の空気を今もそっと運んでくれる。


※この記事は執筆時点の情報に基づいています。