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35年前、荒々しさを封印した“静かなラブバラード” 小説を書きながら放った1曲

  • 2025.11.30

「35年前の黄昏って、どんな色をしていたんだろう?」

1990年の冬、街にはまだバブルの余韻が残りながらも、人々の心にはどこか“静かな影”が差し始めていた。夕暮れのビル街を歩くと、ネオンの明かりがやけに滲んで見えて、胸の奥にひっそりとした孤独が宿るような、そんな季節だった。

そんな空気をまるごと閉じ込めた一曲が、静かにリリースされる。

尾崎豊『黄昏ゆく街で』(作詞・作曲:尾崎豊)――1990年12月1日発売

アルバム『誕生』からのリカットシングル。異国の街角にそっと溶け込むように描いたラブバラードだった。

黄昏のニューヨークで響いた“淡い恋の温度”

舞台はニューヨーク57丁目。摩天楼の街全体が赤銅色に染まっていく情景の中で描かれるのは、男女の切ない恋。尾崎が文芸誌『月刊カドカワ』で同名小説を連載していたことから、この曲には“物語としての尾崎”が色濃くにじむ。

楽曲がまとっている“温度”は、他のどの時期とも違う。荒々しいメッセージや若さの焦燥ではなく、感情そのものをそっと包み込むような静けさ。大声で叫ばなくても伝わる恋の気配が、ここには確かにある。

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1991年、横浜アリーナで歌う尾崎豊(C)SANKEI

彫刻のように磨かれたサウンドが作る“静の美しさ”

この曲が持つ最大の魅力は、音の選び方にある。柔らかいエレキのトーン、控えめなアレン ジ。サビではどこか優しさと切なさをまとい、最後まで輪郭を崩さない。曲全体に“余白の美しさ”が宿っている。

尾崎のボーカルもまた、いつもの鋭いエッジを少しだけ抑えて、低い温度で揺れながら伸びていく。抑制された感情がかえって胸を締めつける、そんなタイプの1曲だ。

特筆すべきは、尾崎自身が『月刊カドカワ』で同名小説『黄昏ゆく街で』を執筆していたことだ。音楽だけでなく、物語としてもこの世界を描こうとした稀有な時期であり、アーティストとしての尾崎の幅を象徴する試みだった。

小説と楽曲が同時に存在することで、この作品は単なるラブバラード以上の重層性を帯びている。

曲を聴けば街の光が揺れ、小説を読めばその奥にある“心の動き”が見えてくる。表現方法が違っても、同じ世界を共有することで、ひとつの大きな物語が成立しているようだった。

夕暮れの街角で、ふと立ち止まりたくなる一曲

黄昏時のニューヨーク57丁目。夕陽の光が降りてきて、街の喧騒がゆっくりと影の色に沈んでいく。『黄昏ゆく街で』は、そんな風景を胸の奥にそっと差し込むように、時代のすき間で輝き続ける。

恋の記憶は鮮明ではなくても、あの空気だけは覚えている。そんな感覚を呼び起こしてくれる、静かなラブバラードだ。


※この記事は執筆時点の情報に基づいています。