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朝ドラで描かれる現代では“ピンとこない”金額「高すぎるのでは?」多くの視聴者が立ち止まる“当時のお金の謎”

  • 2025.11.14
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『ばけばけ』第7週(C)NHK

明治という時代背景のもと、朝ドラ『ばけばけ』第7週では、ヒロイン・松野トキ(髙石あかり)が異国の教師・ヘブン(トミー・バストウ)の女中となり、給金20円を受け取る展開が描かれた。現代の感覚ではピンとこない“20円”という金額だが、当時としては破格。これがSNSやネット上では「なぜ20円?」「現代でいうといくら?」「女中の給金にしては高すぎるのでは?」と話題を呼び、多くの視聴者が“20円”という数字に立ち止まった。

破格の“20円”が揺さぶる、視聴者の感覚と登場人物の尊厳

実際のところ、明治中期における労働者の月給は、平均して1円〜5円程度だったと推察できる。花田旅館の女中・ウメ(野内まる)の月給が90銭、トキの友人で教師でもあるサワ(円井わん)の月給が4円であることを考えると、違和感はない。

当時の貨幣価値を、単純に現代の貨幣価値に換算するのは難しい。明治時代中期の物価と、令和の現代の物価は3800倍も差があるという話があり、そのまま計算すれば当時の1円=現代の3800円ということになる。

単純に、明治30年頃の物価と、今の物価を比べると、今の物価は当時の3800倍ぐらいです。つまり明治時代の1円は、今の3800円ぐらいに相当することになります。とはいえ、昔のお金と今のお金の価値を比べるのはなかなか難しいことです。人々の仕事の種類も生活のしかたも違いますし、生活に必要な品物も異なるからです。物価も賃金水準も年々変化しているので、明治時代でも前半と後半では違いがあります。出典:man@bow「お金の歴史雑学コラム 6 明治時代の「1円」の価値ってどれぐらい?」(監修:野村ホールディングス より)

しかし、以下のように、当時の1円は現代の2万円相当の貨幣価値があった、とする見方もある。

当時の賃金水準で見てみると、明治30年代の小学校教員や警察官は初任給8~9円ほど、ベテランの大工で月収20円ほどだったとか。現代の一般的な会社員の初任給は20万円ほどなので、明治時代の1円は現代の2万円相当だったという見方もできます。
出典:テンミニッツ・アカデミー「昔の1円は現在の何円相当なのか?」(2023年7月10日配信 より)

そう考えると、ウメの月給は2万円弱、サワの月給は8万円程度、トキが受け取った20円は約40万円ほどの価値があると考えられるかもしれない。少なくとも、一般庶民の4ヶ月分以上、下手をすれば一部の役人の給金と同程度か、それすら上回るほどの“破格”だ。それゆえに、視聴者がざわつくのも無理はない。

しかし、この数字には単なる歴史的背景だけでなく、“誤解”と“翻訳”が生む物語的な緊張が孕まれている。

トキ自身も、女中として働くというより、異人の妾(ラシャメン)として身を捧げる覚悟を抱えている。一方で、雇う側のヘブンは純粋に労働者として扱っているようにも見え、その間に通訳・錦織(吉沢亮)の存在が挟まることで、意味や価値の翻訳に微妙なズレが生じていく。

20円は“高給”なのか、それとも“値段のついた身体”の象徴なのか。その受け取り方によって、トキの尊厳は大きく揺れる。

給金の行方が照らし出す、もう一つの家族経済

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『ばけばけ』第7週(C)NHK

トキは、ヘブンの女中仕事をして得た給金のうち10円を、かつて世話になっていた雨清水家の三之丞(板垣李光人)に手渡す。亡き傳(堤真一)から預かっていた金だ、と偽って。

これは、いまを生き抜くための“嘘”であり、“愛”であり、そして“希望の分配”でもある。しかしその金は当初、三之丞によって自らの母・タエ(北川景子)の生活費に使われることはなかった。タエは変わらず物乞いを続けており、トキはその姿に打ちのめされる。

なぜ、彼はすぐに金を使わなかったのか。借りを背負いたくなかった、雨清水家の格を下げたくなかった……そこには複数の理由が交錯している。養われることで自尊心が傷つくことはもちろんだが、あくまで自分の力で母を救いたい、そんな意地が三之丞にはあったのだろう。

しかし、その選択が、結果的に母の困窮を長引かせることになるという皮肉。

一方のトキは、自身の女中仕事が、松野家の生活と雨清水家の再建に不可欠であることをとっくに理解していた。彼女の得る“20円”は単なる賃金ではなく、家族二軒分の生活を支える“経済の舵”として機能しているのだ。

この週の物語は、単純な労働と報酬の関係を超えて、“お金の受け渡し”が人間関係の綱引きに転じる瞬間を丹念に描いている。その過程で、女中という職の“正当性”もまた、ヘブンとのやりとりのなかで揺れ続ける。

翻訳のズレと誤解が映す、“尊厳”の境界線

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『ばけばけ』第7週(C)NHK

ヘブンが口にした「ダキタクナイ」という発言、そして「ゴクロウサマ」という辞書を引きながらの言葉。こうした言葉のズレが、登場人物たちの“尊厳”をめぐる誤解を呼び起こす。

トキ自身を含め、松野家の面々は、“月20円を得る、異国人の家での奉公”という情報から、当然のように“妾”として扱われていると考える。しかし、ヘブンはまったく異なる価値観でトキを女中として扱っており、ラシャメン的な意識は微塵もない。

通訳を介してしか言葉を伝えられないという状況下で、互いの“意図”が逆方向に翻訳されていく。なんらかの方法で、女中=妾ではないと伝わっていれば、トキの家族も納得したはずだ。しかし、“誤読”と“誤訳”の積み重ねが、感情の軋轢を生んでしまった。

そもそもなぜ、ヘブンはただの女中に20円もの大金を払うのか? 誤解の根源となった20円の理由は、ただ彼が金銭に無頓着なだけかもしれない。史実でも、ヘブンのモデルである小泉八雲は金勘定が下手で無頓着だった、と伝わっている。

セツさんはハーンさんの死後に発表した『思い出の記』という手記で、「ヘルンは性来、金には無頓着の方で、それはそれはおかしいようでした。勘定なども下手でした。そのような俗才は持ちませんでした」と語っています。
出典:マグミクス 『ばけばけ』ヘブンが女中に月20円も出すのは単に「お金に無頓着」だから? 超高給取り・小泉八雲の衝撃的な金遣いとは (2025年11月12日配信より)

さまざまな誤解が解け、本格的にヘブンの女中として仕事に集中できるようになったトキ。しかし、軋轢が生まれる余地はまだまだ残る。あれほど女中をしちゃダメだ、と口を酸っぱくしていたサワや、遊女のなみ(さとうほなみ)は、まだトキがヘブンの暮らす屋敷に通っていることを知らないはず。トキが心底安らかに暮らせる日は、果たしていつになるのか。


連続テレビ小説『ばけばけ』毎週月曜〜土曜あさ8時放送
NHK ONE(新NHKプラス)同時見逃し配信中・過去回はNHKオンデマンドで配信

ライター:北村有(Kitamura Yuu)
主にドラマや映画のレビュー、役者や監督インタビュー、書評コラムなどを担当するライター。可処分時間はドラマや映画鑑賞、読書に割いている。Twitter:@yuu_uu_