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NHK大河ドラマで描かれた一つの大きな“判断ミス”「罠にはめられた」「可哀想に」“孤立していく姿”に視聴者が胸を痛めた【最新話】

  • 2025.11.13
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『べらぼう〜蔦重栄華乃夢噺〜』11月9日放送 (C)NHK

大河ドラマ『べらぼう〜蔦重栄華乃夢噺〜』第43回は、蔦重(横浜流星)・歌麿(染谷将太)・定信(井上祐貴)、3つのラインが同時に破断点へ向かっていく回だった。とくに、蔦重と歌麿の“義兄弟”関係は、もはや修復不能な領域に近づいてしまったのではないか。そして、政治パートでは松平定信が「罠にはめられた」と視聴者が反応するほどの悲哀を見せた。本稿では、この回で顕在化した“不可逆のズレ”について検討したい。

定信:政治合理性が制度に飲み込まれる瞬間

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『べらぼう〜蔦重栄華乃夢噺〜』11月9日放送 (C)NHK

ロシア使節・ラクスマンを交渉の末に帰国させた件は、一見すると定信の政治的成果である。しかし第43回では、その功績は大老への道を切り開くどころか、むしろ彼の政治的孤立を決定付ける形に作用してしまう。

定信が動き、処理し、形にしたはずの成果は、制度の内側に吸収され、最終的な政治的利益は別の権力へと流れ出る。定信が合理的に動けば動くほど、制度の側は“定信ひとりだけ”を浮き上がらせる。この構造を、第43回は非常に冷静に描いていた。

SNS上では定信に対して「罠にはめられた」「可哀想に……」という反応が相次いだ。個人が制度の外に排出される瞬間を読み取った結果だろう。定信の悲哀は“判断ミス”でもあるが、同時に“制度に個人の意志が回収される構造そのもの”を読みきれなかった事実にも、敗因があるのではないだろうか。

歌麿の離脱宣言:蔦重の善意が“支配”へ転化したタイミング

政治パートと同じように、本作『べらぼう』は長く、蔦重と歌麿の関係を義兄弟的、さらに言えば“共犯的創造の関係”として描いてきた。それがここで、完全に別の形になる。歌麿が、蔦重とはもう組まないと明確に宣言したのだ。

決定的だったのは蔦重の台詞ではない。歌麿が長らく抑え込んでいた葛藤、秘めておくのに疲れた“恋心”によるもの。蔦重は常々、お前のためならなんでもやる、と歌麿を第一に考えている姿勢を示してきた。しかし当の歌麿は、どんなに望んでも本当に欲しいものはくれない、とやるせない思いでいたのだ。

歌麿は、蔦重の“善意による支配”を指摘してみせた。世のなかを明るくする出版を掲げ、新しい価値を生み出す編集者、現代でいうプロデューサーとして動き続けている蔦重。しかしそのプロセスにおいて、制作主体としての歌麿の欲望や選択の自由は奪われ続け、損なわれ続けている。

歌麿は、蔦重の下で働くことで“成果をつくる”ことはできたのだろう。しかし“ひとりの人間としての幸福”は、そこでは得られなかった。歌麿はついに、その事実と言語化の距離を一致させたのだ。

蔦重の妻・てい(橋本愛)は、気づいたらこのドラマにおける“幸福の象徴”になっていた。夫婦、家、子、そして未来。そのすべてを束ねる存在として、蔦重に“子を育てる喜び”を授けようとしていた。しかし、その象徴は一度に破壊されてしまう。ていは早くに産気づき、おそらく、子は生まれながらに亡くなってしまったのだ。

生きる歓びを“他者へ贈るもの”として捉え、それを夫へ託そうとしたていの言葉は、歌麿が決して手にできない、そして与えることもできない種類の幸福を、強烈に示す役割を果たしていた。

この死によって、蔦重は政治でも、仕事でも、家庭でも“失う側”に回り始めることになる。

破局が象徴する、愛しさの方向違い

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『べらぼう〜蔦重栄華乃夢噺〜』11月9日放送 (C)NHK

第43話は、高ぶった感情や劇的な事件ではなく、少しずつの“不可逆”を積み重ねていく形式で描かれた。蔦重はまだ、自分の立ち位置の変化に気づかない。歌麿は、蔦重の世界から静かに離脱し始めている。定信は制度の論理に飲まれ、政治的孤立へ向かう。

破局は、すでに始まっている。そしてそれは、誰の感情の爆発でもなく、構造の摩擦によって生じた破局である。この回は、その“不可逆の入口”を示す回だった。

ここから先、全員が後戻りできない場所へむかっていく気配が、静かに濃くなっている。


NHK大河ドラマ『べらぼう〜蔦重栄華乃夢噺〜』 毎週日曜よる8時放送
NHK ONE(新NHKプラス)同時見逃し配信中・過去回はNHKオンデマンドで配信

ライター:北村有(Kitamura Yuu)
主にドラマや映画のレビュー、役者や監督インタビュー、書評コラムなどを担当するライター。可処分時間はドラマや映画鑑賞、読書に割いている。Twitter:@yuu_uu_