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「キャスティング天才すぎ」「原作リスペクト感」NHK夜ドラ“第1週”メインキャスト2人に相次ぐ好感の声『ひらやすみ』

  • 2025.11.9

果たして、こんな世界が成立するんだろうか。事件も急展開もない。ただ、静かな日々がそこにあるだけ。NHK夜ドラ『ひらやすみ』の主人公・生田ヒロト(岡山天音)は29歳のフリーターで、悩みも将来設計もなし。世間的な“尺度”では、限りなくだらしなくて、不真面目な男である。しかし『ひらやすみ』の物語は、そんな“悩まない男の生き方”こそ、ここ数年もっともフィクションが扱いたがらなかった姿であると証明している。

平屋と、ふたり暮らし

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夜ドラ『ひらやすみ』第1週(C)NHK

『ひらやすみ』は、ヒロトが近所のばーちゃんこと和田はなえ(根岸季衣)から一戸建ての平屋を譲り受け、そこへ山形から都内の美大に進学したいとこ・小林なつみ(森七菜)が転がり込んでくるところから始まる。ヒロトは週に2回、決まった曜日にばーちゃんの家に夕飯を食べに行っていた。その関係性の温度が、すでに第1話からやわらかい。ばーちゃんは“29歳フリーターなんて、あんた、そろそろしっかりしな”とそれなりにヒロトへ苦言を呈するものの、心のどこかで“ヒロトなら大丈夫”と思っている節がある。

実際、本編ではハッキリ描かれてはいないものの、身寄りのいないばーちゃんの葬儀を取り仕切ったのはヒロトであり、亡くなった後、持ち家という最大の “資産” を託されたのもヒロトだった。社会的評価ではフラフラしているだけの男でも、こうしてちゃんと、人の最後を受け取って生活に繋げている。こういった名前のつかない優しさを、ドラマは1週目から、とても自然な形で提示している。

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夜ドラ『ひらやすみ』第1週(C)NHK

一方のなつみは、上京早々、大学のオリエンテーションで自己紹介に失敗し、孤立したままのスタート。自意識のゆらぎと不安が全部顔に出るタイプで、そのリアリティを森七菜が丁寧に拾っている。そして、彼女が思わずヒロトに投げかけてしまう言葉が象徴的だ。「ヒロ兄ってさ……何か、何か悩みないの?」と問いかけるなつみに、ヒロトはしばし考え込んでから答える。「ないなあ、悩み」。

これは“考えないようにしている”逃げではなく、考えても解決しないことを、経験的に知っている者の境地に近いのではないか。それが岡山天音の表現だと、嘘くさくならない。ヒロトの不思議な説得力は、名言めかせない、あえて深くまで説明しない自然さに宿っている。ここに、岡山天音の強さがある。

ヒロトの“変わらなさ”が、人を変える

自然体、等身大。それっぽいワードを並べるのは簡単だ。しかしヒロトが醸し出す“自然さ”は、俳優の技術と意図がないと成立しない。

とくに、ばーちゃんの死を実感して涙を流すシーン。感情を一気にあふれさせるのではなく、ふいに、抵抗せず落とす水滴のような涙。これは、感情の正面突破よりも難しい演技だ。力が抜けているのに、存在感は強い。岡山天音の身体性は、説明しないことで物語の奥にある“生きることの温度”を伝えている。

ヒロトは誰に対しても、線引きをしない。格差も、評価も、過去も未来も、全部“同じ地平”で扱ってしまう。だからこそ、悩みで押しつぶされる人間にとって、彼の姿は癒やしであり、ときに嫉妬の対象にもなる。こんなふうに生きられたらどれほど楽か……視聴者は、そこに揺さぶられるのだ。ヒロトは自分の人生を肯定も否定もしていない。こうしなければ、こうなっていくべきだ、といちいち強制しない。夢をキラキラ語らない。

しかし、なつみは変わろうとしている。「ちゃんと大学行く」と宣言し、そして運命的な再会(新歓パーティで酔い潰れた夜、水をくれた子・あかり)を果たす。

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夜ドラ『ひらやすみ』第1週(C)NHK

ヒロトはいつも、これと言って何もしていない。ただ、そこにいるだけで、周りが動く。これはフィクションにおいても、非常に珍しい“静かな重心”の主人公である。夜ドラは、従来の大河や朝ドラとは違う密度と呼吸をもっているように思えてならない。短尺だからこそ、ニュアンスの演技が刺さる。『ひらやすみ』は、その特性を最大限活かしているドラマだ。

ここにあるのは、戦わない生活のドラマだ

ヒロトの生活は、薄氷のうえに成り立っているようにも見える。バイトは釣り堀。家はあるけれど将来は不透明。なつみを預かっていることで必要経費だってかさむ(仕送りはもらっているのだろうけど)。

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夜ドラ『ひらやすみ』第1週(C)NHK

それでもヒロトの世界は、今日のごはんの献立をちゃんと考えることで成立している。キャベツを選別している時間こそが、彼の人生そのものだ。生きるとは何か。そんなふうに問えば問うほど、答えのない領域に迷い込む。その迷路に、わざわざ踏み込むことはないヒロトの生き方。その潔さと、彼自身は意識していない受容の力。ヒロトは、ただ、受け入れる。相手の存在ごと、そして、世界ごと。

『ひらやすみ』第1週は、その入口として美しかった。SNS上でも、平屋でのんびり暮らしヒロトとなつみの様子に「この2人最高」「平和すぎ」「キャスティング天才すぎる」「原作リスペクト感、半端ない」と好感の声が多い。第2週以降、この平屋の空気がどう変わっていくのか。それとも、変わらないのか。その変化するかしないかを、できるだけ静かに見届けたい。


NHK夜ドラ『ひらやすみ』毎週月曜~木曜よる10時45分放送
NHK ONE(新NHKプラス)同時見逃し配信中・過去回はNHKオンデマンドで配信

ライター:北村有(Kitamura Yuu)
主にドラマや映画のレビュー、役者や監督インタビュー、書評コラムなどを担当するライター。可処分時間はドラマや映画鑑賞、読書に割いている。X(旧Twitter):@yuu_uu_