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朝ドラで“33年前の名作”で話題となった俳優が大活躍「ゲスいけど」“不穏な気配”を漂わせる演技力に視聴者釘付け

  • 2025.11.10
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『ばけばけ』第5週(C)NHK

朝ドラ『ばけばけ』の世界には、二種類の“異界人”がいる。ひとりはもちろん、異国からやって来た英語教師のレフカダ・ヘブン(トミー・バストウ)。そしてもうひとりが、島根を愛してやまない県知事・江藤安宗(佐野史郎)だ。島根を、日本が誇る一流の県にしたいという情熱はまっすぐだが、その理想はどこか空回りしていて、滑稽で愛おしい。朝ドラ的な人情ドラマのなかで、江藤は異物のように浮いている。しかし、その“浮き方”こそが、佐野史郎という俳優の真骨頂だ。

※以下本文には放送内容が含まれます

出雲そばとともに語られる、地方権力者の可笑しみ

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『ばけばけ』第5週(C)NHK

舞台は明治時代の松江。ヘブンを外国人教師として招聘した張本人が、この江藤知事である。これからの時代は英語! と熱を上げ、教育と文明開化を一手に進めようとする。

しかし、その姿勢にはどこか“ズレ”がある。権威と理想を両手に抱え、誰よりも正しい顔をしながら、どこかで一番間違っている……そんな人間を、佐野史郎は笑いと気味悪さのちょうど中間で演じてみせる。

話題を呼んだのは、第6週での知事室でのシーンだ。ヘブンの通訳担当・錦織(吉沢亮)から、ヘブンが花田旅館を出て新しい住まいを探している、と報告を受けた江藤。彼は出雲そばをすすりながらこう呟く。本当に一人では暮らせない、どっちもできる女中がええわね、と。

この台詞の“どっちもできる”という言い回しに、どんな意図が込められているのか? SNS上では「ゲスいけど……」「嫌なヤツではないはず?」と、江藤の発言の真意と、佐野が演じているからこそ滲み出すひょうきんなクセの両方を感じ取った視聴者から、意見が連なった。

上から目線の権力者の発言でありながらも、江藤の口にする言葉は、どこか抜けている。言葉が生まれるまでの“間”が、ただのコメディではなく、明治の“男性社会の不自由さ”をも浮かび上がらせている。

“狂気の愛”が生む笑い?佐野史郎の演技術

佐野史郎と聞けば、多くの人が思い出すのは1992年放送のドラマ『ずっとあなたが好きだった』の“冬彦さん”だろう。あの異様な存在感、静かに壊れていく理知さ。以降、彼の名は“怪優”の代名詞となった。

しかし『ばけばけ』の江藤は、その“冬彦的狂気”をユーモアに転化した存在である。彼は権力者でありながら、どこか滑稽だ。英語教育を振興しながら、彼自身がどこまで理解しているのか怪しい。外国人を受け入れる器量を見せながら、平気で偏見を口にする。理想と現実の狭間でぐらつく“知的な矛盾”を、佐野は実に楽しげに演じている。

眼鏡越しの鋭い視線と、島根弁の柔らかさ。そのギャップが、恐ろしくもチャーミングだ。江藤という人物は、島根への愛と権威欲がないまぜになった、ある種のモンスターとも言えるだろう。

ヘブンの存在を、島根の未来を託せる希望と語りながら、その裏では“異人をうまく利用してやろう”という支配欲も透けて見える。しかし佐野の表現する江藤は、決して嫌な人物ではない。むしろ、拭いきれない人間味がある。そのバランス感覚が、まさに佐野の真骨頂だ。

江藤も、一種の“怪談”?

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『ばけばけ』第5週(C)NHK

『ばけばけ』は怪談をモチーフにした作品だが、江藤という存在もまた、一種の“怪談”なのかもしれない。幽霊ではなく、生きたまま異界を漂う男。政治家として現実に立っているようで、どこか浮いている。彼の発する言葉や所作が、時折この世のものではないような違和感を放つのだ。

その“浮遊感”が、作品全体の幻想性を裏から支えている。笑いながらも、どこか寒気がする。朝ドラにこうした“不穏な気配”を持ち込める俳優は、佐野史郎のほかにいないかもしれない。

『ばけばけ』の江藤安宗は、笑いと狂気、権威と孤独を往復する“島根の妖怪”だ。彼のそばをすする音が、どこかでまだ響いている……それこそが、佐野史郎という俳優が残す余韻である。


連続テレビ小説『ばけばけ』毎週月曜〜土曜あさ8時放送
NHK ONE(新NHKプラス)同時見逃し配信中・過去回はNHKオンデマンドで配信

ライター:北村有(Kitamura Yuu)
主にドラマや映画のレビュー、役者や監督インタビュー、書評コラムなどを担当するライター。可処分時間はドラマや映画鑑賞、読書に割いている。Twitter:@yuu_uu_