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朝ドラが見事に描いた“崩壊していく家族”「悲惨すぎる」「助けてあげて!」リアルな描写に視聴者から“嘆きの声”

  • 2025.11.7
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『ばけばけ』第6週(C)NHK

朝ドラ『ばけばけ』第6週は、静かな恐怖を孕んだ回だった。異国からやってきた英語教師のヘブン(トミー・バストウ)の女中にならないか、と通訳担当・錦織(吉沢亮)から依頼を受け続けるヒロイン・松野トキ(髙石あかり)。その申し出は、一見すれば恋愛ドラマの導入にも見えるかもしれない。しかし本作が描いたのは、現時点では愛ではなく“尊厳の取引”だ。月20円の給金と、夜なべして得られる50銭。その数字の落差が、明治という時代のリアリティを突きつける。トキの沈黙の奥にあるのは、“貧しさ”と“誇り”の間で揺れる、誰にも代われない葛藤だ。

※以下本文には放送内容が含まれます

20円 vs. 50銭:数字が語る“地獄”のリアリティ

花田旅館の女中・ウメ(野内まる)の月給は90銭。トキと母・フミ(池脇千鶴)が夜なべでこさえた内職は、ようやく50銭いくかどうか。それに対してヘブンが女中の給金として提示した“月20円”は、あまりにも現実離れした金額だった。

「馬鹿にしないでごしなさい」とトキが怒りをあらわにするのは、貧しさを指摘されたからではない。自分たちの生活が、値札で測られたことに対する怒りだ。

ヘブンは、百姓の娘である遊女のなみ(さとうほなみ)ではなく、士族の娘を女中として希望している。その意思は、経済と階級の二重の線引きを突きつける。どれだけ誠実に見えても、彼の“善意”のなかにあるのは植民地主義的な視線であり、“選ぶ側”と“選ばれる側”の構図にほかならない。

錦織からの依頼を断るシーンでの、髙石あかりの演技が圧巻だ。怒りを声に乗せ、家族が好きだから、家族のために女中はやらない、と確固とした態度ではねつける。彼女の“内側の煮えたぎり”が、画面を満たしていく。トキの怒りは、働くという行為に宿る、尊厳のための抵抗だった。

タエと三之丞が見た“転落の底”……トキの恐怖の鏡像

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『ばけばけ』第6週(C)NHK

トキがヘブンの誘いを断った直後、彼女はかつての名家・雨清水家の“地獄”を目の当たりにする。

道端で物乞いをしているのは、あのタエ(北川景子)。往来の男から罵声を浴びせられても、頑として頭を下げなかったタエが、また目にしたときにはゆっくりと、自らの背骨を折り込むように頭を下げる。その一礼の深さが、すべてを語っていた。音が消える。人の尊厳が折れていく瞬間を、カメラは静かに見届ける。

タエの息子・三之丞(板垣李光人)は、職を求めて彷徨っている。地蔵の前で握り飯に手を伸ばしかけ、寸前で止めるシーン。他者が見てさえいなければ、それを食べていたかもしれない恥と葛藤が、彼の心に巣食う。

この雨清水親子の姿を、トキは恐怖とともに見つめる。逃げ出したのは、哀れみではなく、“自分もそうなるかもしれない”という直感だったのかもしれない。まばたきすら忘れたその表情に、貧しさが迫る実感と、尊厳が崩壊していく瞬間が詰まっていた。

“尊厳”を保つための決断

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『ばけばけ』第6週(C)NHK

トキは貧しいなかでも、誇りを分け合う家族の共同体を守り続ける。松野家の食卓シーンが、それを象徴している。夕飯を食べながら順番にくしゃみをし、笑い合う……彼らが囲むのは粗末な食卓だが、伝播していく笑いのなかには“自分たちはまだ人間でいられている”という静かな確信がある。

一方で、雨清水家は“誇り”に縛られて崩壊していく。かつての格式は、決して彼らを救ってはくれない。貧しさのなかで支え合う松野家と、富のあとの孤独を生きる雨清水家。両家の対比が、ドラマ全体の構造として見事に響き合っている。SNS上でも、「悲惨すぎる」「助けてあげて!」という声が響き合っている。

そして、トキはついにヘブンの女中になる決意を告げる。迫り来る貧困の音。いつ誰がどうなってもおかしくない、と切実に思い詰める恐怖と、現実的な判断。常に、愛する家族のために生きる道を選択してきたトキは、またもや被害者としてではなく、松野家の未来を見据えたうえで“人柱”になると決めたのだった。


連続テレビ小説『ばけばけ』毎週月曜〜土曜あさ8時放送
NHK ONE(新NHKプラス)同時見逃し配信中・過去回はNHKオンデマンドで配信

ライター:北村有(Kitamura Yuu)
主にドラマや映画のレビュー、役者や監督インタビュー、書評コラムなどを担当するライター。可処分時間はドラマや映画鑑賞、読書に割いている。Twitter:@yuu_uu_