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9年前の大河ドラマで割れた“ヒロインへの評価”「美人なのに」2025年の秋映画で見せた“当たり役”と比較

  • 2025.11.5

2016年放送の大河ドラマ『真田丸』において、長澤まさみが演じた女性・きりは、天真爛漫でとにかく明るい。しかし恋には不器用で、主人公・真田信繁(堺雅人)への思いを飲み込み続けている。対して、2025年公開の映画『おーい、応為』で長澤まさみが演じるのは、父・葛飾北斎(永瀬正敏)の娘であり自らの筆で生計を切り拓く才女。共通するのは前に出るエネルギーであり、異なるのはその行き先だ。誰かのそばか、それとも自分の作品か。二つの役を往復することで、長澤の“時代劇の女”の更新が見えてくる。

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長澤まさみ (C)SANKEI

素直になれない愛と、共同体の推進力

長澤演じるきりは “信繁のいる場所が自分のいる場所”と宣言し、幼馴染として徹底して“そば”にいようとする。信繁が想いを寄せる梅(黒木華)に先を越される場面でも、嫉妬を笑いへと転化して場を軽くするのだ。この“食い気味の台詞”と弾む呼吸が、長澤の標準装備とも言える。

一方で、戦で梅を失ったのち、“この子は私が育てる”と名乗りを挙げるも途中で放棄する矛盾も、本作は逃さない。無責任と断じるのは簡単だが、きりはその時々の感情の現在値で動く人物であり、三谷幸喜は決して彼女を“聖女”にはしないのだ。

だからこそ、長澤は嫌われる可能性のある選択を、憎み切れない温度に保つ。眉や頬の可動域、わずかな間で心の揺れを細かく刻み、失言も嫉妬も“生きている反射神経”として成立させる。彼女は信繁と恋人にはなれなくても、物語を前へ進める“共同体の推進力”であり続ける。

梅は妊娠を装って結婚を勝ち取り、きりの恋心を知りながら直截に告げるしたたかな一面も持っていた。そんなしたたかさでは、梅もきりも互角かもしれない。違いは戦略の方向で、梅は目的に一直線、きりは感情の波に正直だ。

ふたりの“したたかさ”を対置させたことで、きりの奔放さに輪郭が生まれる。長澤はその輪郭線を、明るい声の抜けと、ふと沈む眼差しの反転で描き分ける。

技法の共通項は、“身体が先に明るい”

一方、映画『おーい、応為』で見られる長澤は、立ち姿の水平線がまず美しい。冒頭、夫へ啖呵を切る場面の低い発声と間の取り方は、きりの跳ねる呼吸と真逆で、言葉の切先に“才”の冷ややかさが宿る。SNS上でも「やっぱりカッコいい」「こんなに綺麗で美人なのに」と話題だ。

長屋で煙管をふかす所作、指先の独立した動きは、“職能のリアリティ”と“女の色”を同時に立ち上げる。応為=お栄は、男社会の綻びを見抜き、父の工房を実務で支えながら自作で勝負する。

ここで長澤が見せるのは“自分の作品=自分の居場所”という矜持である。きりが共同体の内圧を受け止める反射神経を持ち得ているとすれば、応為は個の制作欲で世界を押し広げる推進力だ。共通する“前のめり”をベースに、熱(きり)と冷(応為)の配合比を変えることで、長澤は別人格を成立させている。

二役に通底するのは、“身体が先に明るい”ことと言えるかもしれない。体幹が強く、立てば場が晴れる。台詞以前に、呼吸と立ち姿で“生きる温度”を置く。そこへ、きりには食い気味のテンポと大きめの表情筋、応為には低めの共鳴と指先の精密さを足す。

同じ女優が演じているのに、笑いの出口も、沈黙の重さも変わる。これは技巧というより“温度管理”であり、長澤の俳優術の中核でもある。

誰かの隣か、作品の隣か

きりが「育てる」と言い放ちながら育児を放棄してしまう件は、放送当時、視聴者の間でも評価が割れたところだろう。しかし、完璧に背負い切れない弱さを露出させたからこそ、三谷の人物造形が光る。“未完成のまま生き延びる人間”を肯定し、長澤はその現実味を、笑いと涙の両輪で支えている。

総じて、きりは“誰かのそば”を選び抜き、応為は“作品のそば”に立ち続ける。選択は違えど、どちらも受け身ではない。きりは共同体の感情を撹拌し、応為は制作の現場を制御する。長澤まさみが更新したのは、時代劇の女を“守られる側”ではなく“場を動かす側”に置く視線である。

長澤まさみの魅力は、明るさを力に変えるところにある。『真田丸』のきりでは、未熟さも嫉妬も含めて場をあたため、物語を押し出す。『おーい、応為』では、才と色香で静かに空気を支配する。

愛も才も自分で掴みにいく。その姿の説得力が、彼女を今日の“時代劇の女”の先頭に立たせている。次にどの時代、どの立場に立つのか。長澤の身体が置かれた瞬間、その場所はまた少しだけ、前に進むはずだ。


ライター:北村有(Kitamura Yuu)
主にドラマや映画のレビュー、役者や監督インタビュー、書評コラムなどを担当するライター。可処分時間はドラマや映画鑑賞、読書に割いている。X(旧Twitter):@yuu_uu_