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35年前、“少女”を脱いで生まれた“アイドルの決意” 「アイドルらしさ」を脱したワケ

  • 2025.11.16

「35年前の今日、あなたはどんな声を聴いていただろう?」

1990年の秋。街を歩けば、バブルの残り香がまだほんのり漂い、夜のネオンには“未来への楽観”がかすかに滲んでいた。だが、そんな明るさの裏で、誰もが心のどこかに“自分を見つめ直す時間”を持ち始めていた時期でもある。そんな中、ひとりのアイドルが静かに変化を遂げた。

浅香唯『Self Control』(作詞:浅香唯・作曲:鎌田ジョージ)――1990年10月31日発売

“アイドル”から“表現者”へと変わる瞬間

『Self Control』では、浅香唯は自らペンをとり、歌詞を書き下ろした。この曲を境に、彼女のボーカルスタイルは大きく変化する。

当時の浅香は、ドラマ『スケバン刑事III』(フジテレビ系)などで国民的な人気を誇る存在だったが、時代の流れとともに「アイドルらしさ」への距離感を意識し始めていた。息を含んだ歌い方を取り入れ、少女のような透明感の奥に“成熟した女性”のニュアンスを忍ばせたのも、この作品からだった。

彼女の声は、可憐さの中に静かな強さを宿すようになり、その変化は聴く者の心を確かに揺らした。それは“イメージチェンジ”ではなく、“内面の声”を外に出す決意だった。

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1989年、映画『YAWARA!』公開前々夜祭に出席した浅香唯(C)SANKEI

“セルフ・コントロール”というメッセージ

タイトルの『Self Control』という言葉には、彼女自身の生き方がそのまま重なる。“求められる像”の中で自分を保ち続ける――そんな心の葛藤を抱えながらも、彼女はあえて静かに自分の意思を表現した。

歌詞の中にある一言一句には、浅香自身が当時抱いていた感情の温度が感じられる。派手に主張するわけではなく、淡々と、しかし確かな意志を持って前に進む姿勢。そのスタンスが“浅香唯の新章”を象徴していた。

映像でも示された“新しい浅香唯”

この曲を軸に制作された初のビデオクリップ集『Self Control』(1990年11月発売)は、音楽と映像の両面で彼女の変化を提示した作品だった。カメラの前で見せる表情は、これまでの“笑顔のアイドル”とは一線を画している。大人の女性としての強さ、そして迷い。それらが同居した視線が印象的だ。

さらに、その流れを受けて同年12月には、全曲本人作詞によるアルバム『NO LOOKIN’ BACK』をリリース。この一連の流れこそが、浅香唯が“自分で考え、自分で語るアーティスト”として歩み始めた確かな証だった。

控えめなサウンドが描く“余白の美学”

『Self Control』のサウンドは、当時のトレンドだったデジタル・ロック的な要素を取り入れながらも、どこかシンプルで無駄がない。鎌田ジョージによるメロディは直線的でありながら、空気を感じさせる余白が多く、浅香の新しい声質を最大限に引き立てている。

軽やかに流れるシンセのリズムの中で、彼女の囁くようなボーカルが浮かび上がる。それはまるで、深夜にふと聞こえる心の声のように、静かで繊細。“叫ばないロック”の形を見つけたアイドルは、アーティストへと変化していた。

“変わる”ことを恐れなかった勇気

『Self Control』というタイトルが示すのは、感情を押し殺すことではなく、“感情をどう生かすか”という意思。その意味で、この作品は彼女自身の宣言であり、90年代の女性表現の始まりを告げるひとつのシンボルでもあった。変わりたい、でも失いたくない。そのせめぎ合いの中で、浅香唯は初めて“素顔の声”を聴かせたのだ。

35年を経たいま、改めて聴くと、その声は驚くほど瑞々しい。大人になること、誰かを演じること、そして自分を守ること。そのすべてを受け入れた彼女のささやきは、時を越えてなお、心の奥にそっと響き続けている。


※この記事は執筆時点の情報に基づいています。