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35年前、日本中が奮い立った“疾走のエールソング” アイドル→アーティストへ羽ばたいた“転機の名曲”

  • 2025.9.22

「35年前の冬、あなたはどんな歌に背中を押されていただろう?」

1990年、街を歩けば煌びやかなネオンが瞬き、バブル景気の余韻がまだ色濃く漂っていた。ファッション誌はトレンドを追いかけ、テレビでは華やかな番組があふれていたが、その一方で、平成という新しい時代に、“移り変わる気配”も確かに漂っていた。

そんな移ろいゆく空気の中で、時代の鼓動を先取りするようにして登場したのが、心を前に突き動かすような一曲だった。

浅香唯『Chance!』(作詞:麻生圭子・作曲:織田哲郎)——1990年2月7日発売

新しい決意とともに放たれた一曲

『Chance!』は、浅香唯にとって17枚目のシングル。80年代後半のアイドル黄金期を駆け抜けてきた彼女にとって、この時期は新たな岐路に立つ瞬間でもあった。

リリース直前に出演したテレビ番組で、女優活動を休止し、音楽活動に専念することを発表。まだ二十代前半という若さながら、表現者としての自分をどう形づくるか、覚悟を持って決断したことを世間に示した。その決意が、この『Chance!』の力強いメッセージにそのまま重なっている。

作詞を担当したのは、『セシル』でも浅香の等身大の心をすくい取った麻生圭子。彼女の書く言葉は、「裸の心で未来に挑もう」と語りかけるような、自分自身を信じて進めという真っ直ぐなメッセージを放っている。

さらに作曲は、90年代を代表するヒットメーカーとなる前夜の織田哲郎。彼のメロディには、切なさと力強さを同時に抱き込む独特の輝きがあり、この曲にも確かに宿っている。織田は同年4月発売の『おどるポンポコリン』(作詞:さくらももこ)で社会現象級のヒットを飛ばすが、『Chance!』はまさにその前夜に位置づけられる重要な作品だった。

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浅香唯-1988年撮影 (C)SANKEI

疾走感を支える華やかなサウンド

『Chance!』を耳にすると、まず最初に感じるのは全身を駆け抜けるようなスピード感だ。イントロから走り抜けるリズムに乗って、聴き手の心を一気に解き放つ。

アレンジを手がけたのは井上鑑。『ルビーの指環』の編曲をはじめ、80年代の音楽シーンを支え続けてきた名プロデューサーだ。彼の編曲は決して過剰ではなく、しかし緻密に計算された音のレイヤーが、楽曲全体に広がりと奥行きを与えている。

タイトに刻まれるビートは、80年代の余韻と90年代の新しさのちょうど境界にあるような響きを持っていた。その音の上を駆け抜ける浅香唯のボーカルは、ただ可憐なだけではなく、挑戦する強さやまっすぐさを帯びており、聴く者に「もう一歩進め」と語りかける。まるで未来へ踏み出す勇気を音に変換したかのように、彼女の声が響き渡っていた。

豪華作家陣が集結した一枚

このシングルの魅力は、表題曲だけにとどまらない。カップリング曲『Smile Away』(作詞:麻生圭子)は、伊藤心太郎が作曲を担当している。伊藤は後にAKB48『恋するフォーチュンクッキー』で国民的ヒットを生み出すことになる。いま振り返れば、この1枚のシングルの中に、後にJ-POPを大きく動かす作家がすでに集結していたことになる。

表題曲には織田哲郎、カップリングには伊藤心太郎、アレンジには井上鑑という布陣。そこに麻生圭子の言葉と浅香唯自身の決意が重なり合い、1枚のシングルが時代の縮図のような存在感を持つに至った。

偶然のようでいて必然的。『Chance!』というタイトルに込められた意味は、浅香唯自身だけでなく、後に音楽シーンを担っていく作家たちにとってもまた、新しい扉を開く合図だったのかもしれない。

余韻として残る「転機の音」

『Chance!』は、当時のランキングを席巻するようなメガヒットにはならなかった。だが、数字では測れない大きな意味を持つ一曲だ。浅香唯がアイドルの枠を超え、アーティストとして生きることを自らの声で証明した“転機”の音。それはファンの心に深く刻まれ、今なお語り継がれている。

バブルの輝きと、90年代の新しい風。その境目で生まれたこの曲は、まさに『Chance!』というタイトルの通り、新しい時代へと走り出すためのサインのように響いていた。街のざわめきと共に、歌声が夜空を突き抜けていく——そんな記憶を呼び起こす一曲である。

——今も耳にすれば、あの頃の風景と共に、浅香唯が踏み出した勇気の足音が鮮やかに甦る。


※この記事は執筆時点の情報に基づいています。