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「まるで映画」「こわい俳優さんや」最終話直前の【NHK土曜ドラマ】実力派俳優が“圧巻の芝居”で体現した“弱さの美学”

  • 2025.9.17

NHKドラマ『母の待つ里』第3話は、物語の核である“母の待つ村”に、また新たに孤独な訪問者が現れる回だった。舞台は東北。東京で居場所をなくした者たちが、幻想のように存在する“母の待つ里”を訪れ、そこで失われた母性に包まれる。本作は浅田次郎の小説を原作にしており、ファンタジーと人間ドラマの境界を巧みに行き来する寓話だ。

第3話の主人公は、佐々木蔵之介演じる室田精一。定年退職直後に妻から離婚を告げられ、居場所をなくした男である。序盤で描かれる彼の姿は、現実的すぎるほどに滑稽で、同時に痛々しい。だが“母の待つ里”で母・ちよ(宮本信子)と出会った瞬間、彼のなかに眠っていた“弱さ”が姿を現す。

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土曜ドラマ『母の待つ里』第3話 9月13日放送 (C)NHK/テレビマンユニオン

精一という男の現実的すぎる孤独

典型的なまでに仕事一筋の男である精一。定年を迎えてすぐに妻から離婚を告げられ、ようやく気づいたのは、自分には家庭での居場所も、心の拠り所さえ残っていないという切ない事実だった。

冒頭の数分間で、精一の人間性が痛烈に表現されている。村でバスに乗り遅れてしまったシーンでは、カード会社のカスタマーサポートから問題ない旨を告げられ「50万円も払っているんだから当然だ」と居丈高な態度。あるいは妻に離婚を迫られた際も、「子どもたちはどう思うかな?」と論点をすり替え、離婚届を出したあとも「リセットしないか?友達から始めませんか」と未練がましく縋る。

自己中心的かつ往生際の悪さが滲み出ており、視聴者は一瞬で“彼の弱点”を理解する。SNS上でも「こういう蔵之介さんも良き!」「まるで映画を観てるよう」「迫力やっぱり唯一無二だな」「こわい俳優さんやで」と好評だ。

佐々木はこの、どこか現実的すぎる男を、嫌味になりすぎない絶妙なバランスで演じる。愚かさの裏に潜む孤独と不安を、視線や口元の緩みでさりげなく表現するからこそ、安易に彼を突き放せない魅力に昇華されている。

涙を流す男の美学

そんな精一が、ちよに迎えられるシーンは象徴的だ。村に到着した時点で、彼はどこか“これはカード会社が提供するサービスだ”と冷静に割り切っているように見える。だがちよが「よくけえってきたな」と抱きしめるように声をかけると、その防波堤は一気に崩れていく。

夜、ちよが語る寝物語……姥捨山の話を聞きながら、精一は布団を頭からかぶり、顔を隠す。眠ったのではなく、涙を流していたのだろう。孤独な自分を包み込んでくれる母性に安らぎを覚えつつ、その裏で、拭いきれない東京での孤独と喪失を突き付けられる。その相反する感情が、涙となってにじみ出る。

ここでの佐々木の芝居は圧巻だ。泣き顔を見せないことで、反対に泣いている事実を強烈に伝える。舞台で培った間合いと緩急の巧みさが、映像演技でも活きている瞬間だった。

松嶋菜々子との対比:理性的な強さと“甘える男”

一方で、第3話では松嶋菜々子演じる古賀夏生も物語に再登場。母を失ったばかりの医師である彼女は、理性的で、自らを律しながら生きてきた人物だ。村の仕掛けを「変な村!」と笑う姿には、現実も虚構もまとめて受け止める余裕すら見える。

精一が“母に甘える男”として描かれるのに対し、夏生は“母を観察する女”として表現されているとも解釈できる。彼女は冷静に村の仕組みを理解しながらも、その奥底には母を求める痛切な渇望を隠し持っている。理性と感情のせめぎ合いのなかで、夏生の強さは形づくられる。

この対比は鮮烈だ。男には“母に甘える弱さ”が許され、女には”母を前にしても強くあらねばならない理性”が課せられる。その非対称性を、佐々木蔵之介と松嶋菜々子という演技派の共演が際立たせていた。

弱さの美学が描くもの

精一の流す涙は、単なる情けなさではない。それは、人が生きていくうえで避けられない弱さの表れだ。社会で役割を演じ続け、家族を顧みなかった男が、母性に触れた瞬間に子どもへと還る。そこに描かれているのは、人間が本質的に抱える依存と渇望にほかならない。

『母の待つ里』は、この弱さを恥ではなく美学として描き出す。母に抱かれる男の姿は、観る者に“自分もまた、誰かに存在を受容されたい”と思わせる普遍性を持つ。佐々木はその象徴として、説得力と哀愁を兼ね備えた演技を披露した。

『母の待つ里』第3話は、佐々木が“男の弱さ”を体現した回だった。布団に潜り涙を隠す姿、母の声に包まれて安堵する表情。そのどれもが、弱さこそ人間の本質であることを雄弁に語っていた。

そして松嶋演じる夏生の理性的な強さとの対比が、物語にさらなる厚みを与えた。母性とはただ優しいものではなく、人を依存させもする。『母の待つ里』はその両義性を描き出すことで、単なる幻想譚ではなく、現代を生きる我々の孤独と再生のドラマとなっている。

佐々木の演技を通して映し出された“母に抱かれる男たち”の姿は、哀しいほどに普遍的で、観る者の心を静かに揺さぶった。


NHK 土曜ドラマ『母の待つ里』 毎週土曜よる10時放送
NHKプラスで見逃し配信中

ライター:北村有(Kitamura Yuu)
主にドラマや映画のレビュー、役者や監督インタビュー、書評コラムなどを担当するライター。可処分時間はドラマや映画鑑賞、読書に割いている。X(旧Twitter):@yuu_uu_