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「NHKドラマ良作揃いですごい」「名優ばかり」人気小説が原作の映像化、“NHK総合”初回放送に絶賛の声【新・土曜ドラマ】

  • 2025.9.2

浮かび上がるのは、どこまでも続くように思える田園風景。NHKドラマ『母の待つ里』は、2024年にBSプレミアム4KおよびBSで放送された人気作品だ。さらに、2025年8月30日(土)からNHK総合“土曜ドラマ”で放送がはじまっている。本作は、浅田次郎の同名小説を原作に、東北・遠野を舞台とした「失った母にふたたび出会う」幻想的な人間ドラマだ。SNS上でも「傑作を見事に映像化」「NHKドラマ良作揃いですごい」「名優ばかり」と評判の本作における第1話では、大手食品メーカーの社長・松永徹(中井貴一)が40年ぶりに“母の待つ里”を訪れ、宮本信子演じる母と再会する。

※【ご注意下さい】本記事はネタバレを含みます。

40年ぶりの帰郷と“母”との再会

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土曜ドラマ『母の待つ里』第1話 8月30日(C)NHK/テレビマンユニオン

主人公・松永徹は、仕事一筋で社長にまで上り詰めたものの、独身のまま老境を迎え、孤独と後悔を抱えていた。そんな彼が、カード会社が提供する「ホームタウンサービス」に申し込み、不思議な村を訪れるところから物語は始まる。

松永を出迎えたのは、初めて会うはずの“母”ちよ(宮本信子)。彼女はまるで実の母のように松永の世話を焼き、懐かしい料理や寝物語を与えてくれるが、それらはすべてカード会社が提供する“サービス”なのである。

あたたかい母の優しさに包まれた松永は、幼少期に戻ったかのように安らぎを覚え、眠りに落ちる。視聴者もまた、この“擬似的な里帰り”の光景に、自分自身の失われた原風景を重ねずにはいられない。

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土曜ドラマ『母の待つ里』第1話 8月30日(C)NHK/テレビマンユニオン

だが翌朝、物語は不穏な方向へと舵を切る。母の家を後にする松永を見送ると、家の表札は「松永」から「古賀」へ掛け替えられる。そして次の利用者・古賀夏生(松嶋菜々子)が村に到着するのだ。そう、カード会社を通して村に滞在する“予約”をとるのは、松永に限らない。

果たして、母と里は、実在するのか。それとも、寂しさを抱える都会人の幻想なのか? 現実と虚構の境界が意図的に曖昧にされることで、この作品は単なるファンタジーではなく、人の心の奥底を映し出す寓話としての力を帯びる。

印象的だったのは、母・ちよの「おめたちのほうがずうっと、寂しいのではねか?」という問いかけだ。

都会で成功しても孤独に苛まれる松永。何もないが人の繋がりに満ちた田舎。そこに浮かび上がるのは、人間にとっての本当の豊かさとは何かという、普遍的なテーマなのかもしれない。ちよの問いかけが、視聴者自身の孤独や喪失をも照らし出すように響く。

松嶋菜々子が体現する“母”と“娘”

一見すれば、親不孝を悔いる男が母の元で癒される心温まる物語だ。しかし、物語の後半でその母が、また別の人物の前に現れるという不穏な展開へ。幻想と現実が交錯するなか、視聴者の心を捉えたのは、松嶋菜々子演じる古賀夏生の姿だった。

松嶋菜々子が演じる古賀夏生は、実母を亡くしたばかりの医師。彼女が“母の待つ里”を訪れた場面は、1話の後半で強い余韻を残した。SNS上でも「歳を重ねた今の方が好き」「演技力凄いな」という声が挙がっている。

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土曜ドラマ『母の待つ里』第2話 9月6日放送 (C)NHK/テレビマンユニオン

夏生のエピソードが主となる2話では、ちよから夏生へ「この度は、ご愁傷さまでござりゃんした」と声掛けがある。堪えていた感情が一気にあふれる夏生。目の前に広がる風景は、あくまでカード会社が提供する“サービス”なのだと承知のうえで、夏生は「おっかさん、ただいま」と涙ながらに呟くのだ。理性的で大人の女性としての姿を保っていた夏生が、幼い娘へと立ち返ってしまう瞬間だ。

松嶋の演技は、ただ泣くのではなく、喪失と安堵、そして戸惑いと無邪気さを同時ににじませる表情の変化に魅力がある。彼女の目に浮かんだ涙は、観る者の胸をも揺さぶった。

一方で、2025年現在放送中の朝ドラ『あんぱん』では、松嶋は主人公・嵩(北村匠海)を導く母・登美子として登場している。こちらは凛とした強さと自由奔放さを兼ね備えた、息子やその妻・のぶ(今田美桜)を力強く後押しする、存在感が際立つ役柄だ。

『あんぱん』での松嶋は、母としての温もりを体現し、『母の待つ里』では娘としての脆さと寂しさを演じる。真逆の立場を演じ分ける松嶋の手腕によって、彼女の演技の幅広さと柔軟さがあらためて浮かび上がるようだ。

松嶋の魅力は、強さと弱さを自在に行き来できる点にある。大人の女性の落ち着きや母性を演じられる一方で、母を求めて泣きじゃくる幼子のような表情も自然に表現できる。その振れ幅は、長年培ったキャリアに裏打ちされている。

また彼女は、視線の置き方や沈黙の“間”の使い方に非常に長けており、ファンタジー要素を含む作品をも、現実の人間ドラマへと昇華させる力を持っている。

人はなぜ、故郷を求めるのか

『母の待つ里』第1話は、母と子の再会を通して観る者の心を揺さぶる一方、“母の待つ里”とはいったい何であるのかという素朴な謎を残した。松永、夏生、室田精一(佐々木蔵之介)ら、異なる境遇を持つ登場人物たちが、なぜ同じ“母”に導かれるのか。

現実と幻想の境界を揺らしながら、人々の孤独や喪失感をどう描くか。そして松嶋菜々子が、夏生という人物を通じて“母を求める心の叫び”をどう深めていくのか。単なるファンタジーやホラーに収まらない、母性とは何か、人はなぜ故郷を求めるのか、そんな普遍的な問いを投げかける強力な導入に惹かれた。

松嶋菜々子は『あんぱん』で登美子という母を演じる一方、『母の待つ里』では母を求める娘の脆さを体現した。その両極の役を自在に演じ分けることで、女優としての深みを確かなものにしている。

母の待つ里が描き出す“母と子の絆”は、幻想を超えて私たち自身の記憶や感情に響いてくる。松嶋菜々子の演技は、今後の物語をどのように導いていくのだろうか。


NHK 土曜ドラマ『母の待つ里』 毎週土曜よる10時放送
NHKプラスで見逃し配信中

ライター:北村有(Kitamura Yuu)
主にドラマや映画のレビュー、役者や監督インタビュー、書評コラムなどを担当するライター。可処分時間はドラマや映画鑑賞、読書に割いている。X(旧Twitter):@yuu_uu_