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30年前、売上50万枚を記録した“哀愁漂う疾走ダンスナンバー” 移籍前夜に放たれた“輝くラストシングル”

  • 2025.9.6

「30年前の夏、街を駆け抜けていたリズムを覚えてる?」

1995年の日本。渋谷センター街には女子高生が集まり、カラオケボックスは連日深夜まで満席。街角のCDショップにはヒット曲がずらりと並び、音楽シーンはかつてない熱気に包まれていた。新時代の空気の中で、きらめくビートに身をゆだねたくなる1曲が放たれた。

安室奈美恵『Stop the music』(日本語詞:渡辺なつみ・作曲:Claudio Accatino、Federico Rimonti、Laurent Gelmetti)——1995年7月24日発売

海を渡って届いた“クラブナンバー”

『Stop the music』は、イタリアのユーロビート歌手ソフィのカバー曲。90年代半ばの日本でユーロビートはクラブカルチャーとともにじわじわと広がっており、その熱狂を映した選曲だった。

編曲を担ったのは星野靖彦。シンセサイザーが描く流麗なフレーズ、鋭いビート、そしてどこか哀愁を帯びたメロディ。「走り出さずにはいられない」スピード感が全体を包み込み、安室の伸びやかな歌声を際立たせた。

星野はMAXIMIZORやSTARR GAZERといった別名義でも活動し、浜崎あゆみのデビュー曲『poker face』(作詞:浜崎あゆみ)をはじめ、avexサウンドを支えた重要人物となっていく。ユーロビートやダンス・トラックに強みを持ち、当時のJ-POPの最前線でクラブミュージックとポップスを結びつけた。

日本語詞を手がけた渡辺なつみは、リズムに寄り添いながらキャッチーな響きを重ね、原曲の魅力を損なうことなく新しい息吹を吹き込んだ。

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安室奈美恵-1995年2月撮影 (C)SANKEI

“ソロ安室”が歩み始めた夏

『Stop the music』は、“安室奈美恵”のソロ名義として放たれたシングルのひとつ。まだCDの裏ジャケットには「with SUPER MONKEY’S」の文字とSUPER MONKEY’S(現・MAX)の写真があり、ソロへの道とグループの記憶が交差する瞬間を切り取っていた頃だった。

同楽曲は深夜ドラマ『湘南リバプール学院』(フジテレビ系)のオープニングテーマに起用され、安室自身も女優として出演しており、彼女の活動の幅の広さを感じる。

“移籍前夜”に刻まれたラストシーン

プロデュースを務めたのは、「MAX松浦」こと松浦勝人。『Stop the music』は、安室にとって東芝EMIからの最後のシングルとなった。

次作『Body Feels EXIT』からはavex traxへと移籍し、小室哲哉プロデュースによる黄金期が幕を開ける。振り返れば、この作品は“移籍前夜のきらめき”を刻んだラストシーンとして、特別な意味を持つ一枚だった。

発売から間もなくシングルは大きな反響を呼び、最終的に50万枚以上のセールスを記録した。ソロとしての道を歩み始めた安室にとって、この成果は確かな自信となり、次の大きな飛躍への布石となった。まだ少女の面影を残しながらも、その歌声にはすでに“トップアーティストの予感”が漂っていた。

記憶に刻まれた“夏のビート”

『Stop the music』を聴けば、あの時代の風景が鮮やかに蘇る。同級生たちとのカラオケ、音楽番組が流れるテレビ画面、ネオンきらめく街角。どこで聴いても、心を高鳴らせる疾走感が胸を突き抜けた。

30年を経た今でも、あのイントロが鳴り響くと、「ここから新しい時代が始まる」という予感に包まれる。

『Stop the music』は、移籍という大きな転機を目前にした安室奈美恵の輝きを封じ込めた、“始まりの前夜”の象徴として今もなお語り継がれている。


※この記事は執筆時点の情報に基づいています。


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