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「無理です。家では対応できません」統合失調症患者を退院直前で家族が拒否…看護師たちが出した“答え”とは

  • 2025.8.30
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出典:Photo AC ※画像はイメージです

こんにちは、現役看護師ライターのこてゆきです。

精神科病棟で働いていると、「やっと退院だね」と患者さんやご家族と喜び合った直後に、思いもよらない出来事が起きることがあります。

今回は、退院直前に家族から「やっぱり家では見られない」と拒否され、ショックを受けた患者さんのお話です。

そこから、どのように支援をつなぎ直し、最終的に退院へたどり着けたのかをご紹介します。

退院を楽しみにしていた患者さん

患者さんは50代男性Aさん。20年以上統合失調症と付き合いながら、入退院を繰り返してきました。今回も幻聴が悪化し、夜間の徘徊や近所への迷惑行為が増え、入院になりました。

3か月の入院で症状は安定。服薬も自己管理できるようになり、外泊訓練も大きな問題はなく終えました。

病棟スタッフも家族も「今回は大丈夫そう」と安心し、退院日まで決まっていたのです。

本人も晴れやかな顔で「もう大丈夫です。やっぱり家が一番ですから。帰ってまた、普通に暮らしたいです」と話しました。

家族から突然の「やっぱり無理です」

退院2日前、病棟に家族から一本の電話が入りました。

「…すみません。やっぱり家では見られません。今は無理です」

理由を尋ねると、母親が疲れた声でこう答えました。

「本当は外泊のとき、深夜に何度も起きて歩き回るんです。私たちも眠れなくて、翌日は仕事でクタクタで…。気持ちはあるけど、もう対応しきれません」

このことをAさんに伝えると、顔が一瞬で曇り、肩が落ちました。

「帰れると思ってたのに…。じゃあ、俺はどこに行けばいいんだよ。もうどうでもいい」

その言葉の重さは、病室全体の空気を暗くします。食事や服薬にも影響が出始め、私たちスタッフも胸を締めつけられる思いでした。

支えきれない家族、絶望する本人

退院は延期され、1週間ほどが経った面談の場で、母親は涙をこらえながらこう話しました。

「本人のことは大事なんです。でも、自分たちの生活もあるし…正直、もう限界なんです」

私はその気持ちを受け止めながら伝えました。

「そうですよね。でも、家族が全部を背負う必要はありませんよ。家族ができることと、地域のサービスで支えられることを分けて、一緒に考えていきましょう」

Aさんには、落ち着いたタイミングを見計らって声をかけました。

「すぐに家に帰れなくても、帰れる方法を探しているところです。家族ができない部分は、私たちや地域が支えますからね」

彼はしばらく黙り込みましたが、やがて小さな声でこう言いました。

「…それなら、家に帰れるのかな」

1か月後に実現した退院

病棟では改めて支援の仕組みを見直すカンファレンスが開かれました。

「家族が全部を背負うのは限界。外部の力をどう使えるか考えましょう」「本人の希望もつなげながら、安心できる形に」

そんな話し合いから、新しい退院プランが少しずつ形になっていきます。

支援の具体策としては、退院後は訪問看護を週2回から開始し、服薬や睡眠のリズムを一緒に整えることになりました。さらにデイケアを利用して日中に活動の場をつくり、生活リズムを安定させる工夫も取り入れます。

また、地域包括支援センターと連携して、家族が限界を感じたときにすぐ相談できる窓口を確保。入院中の外泊訓練についても、いきなり長期ではなく「夕食だけ」「1泊」「2泊」と段階を踏んで練習を重ねることで、本人と家族双方の不安を少しずつ和らげていきました。

Aさんにはわかりやすく「ここまでできたら次のステップ」と伝え、家族にも「夜中に困ったらここに連絡していい」という逃げ道を示しました。

1か月後、Aさんはようやく退院を迎えることができ「今度こそ入院しないように頑張ります」と笑顔を見せます。

家族もほっとした表情で、「1人で抱えなくていいと思えたのが救いでした」と語ってくれました。

「帰れると思ってたのに」を「帰れてよかった」に

精神科の退院は、「病状が落ち着けば家に帰れる」という単純なものではありません。

家族の支え、地域のつながり、そして本人の希望と現実の調整。その全部が揃って初めて実現するものです。

「帰れると思ってたのに」という絶望の言葉を、「帰れてよかった」に変えるために。

看護師は患者と家族の間に入り、支援をつなぐ存在であり続けたいと感じた出来事でした。



ライター:こてゆき
精神科病院で6年勤務。現在は訪問看護師として高齢の方から小児の医療に従事。精神科で身につけたコミュニケーション力で、患者さんとその家族への説明や指導が得意。看護師としてのモットーは「その人に寄り添ったケアを」。