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看護師「ちょっと待って!」突然、閉鎖病棟から逃走する30代男性患者…後に判明した“深いワケ”

  • 2025.8.13
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出典:Photo AC ※画像はイメージです

こんにちは、現役看護師ライターのこてゆきです。

精神科の閉鎖病棟で働いていると、「あれ、今日はなんだか穏やかそうだな」と思っていた患者さんが、次の瞬間思いもよらない行動に出ることがあります。

表面上は落ち着いて見えても、その奥では、焦りや孤独、不安や衝動といった気持ちが静かに膨らんでいることも。そんな「こころの揺れ」を言葉や態度の変化から読み取るのは、簡単ではありません。

今回は統合失調症の診断を持つ30代の男性患者さんが、突然走り出し閉鎖病棟から飛び出そうとしたある日の出来事を紹介します。

ただの「離院未遂」とは片づけられない、彼の心の奥にあったものと、私たち看護師がその後どんなことを考え、行動を見直したのか。精神科看護師としての日常の中に潜む気づきを、お話しします。

何気ない外出が一瞬の緊迫に変わった日

彼は統合失調症と診断されて約10年、入退院を繰り返している男性患者Aさん。今回は幻聴や被害妄想の悪化で医療保護入院になり、入院後3週間ほどで服薬が安定し落ち着きを見せていました。

閉鎖病棟では気分転換のため、週に2回スタッフ付き添いで病院前の売店におやつを買いに行くのが決まりです。その日も私と男性スタッフ2名で、患者さん数名と一緒にいつものように売店へ向かいました。

買い物は順調に終わり、病棟に戻る途中のことでした。突然、Aさんが走り出したのです。

「ちょっと待って!」スタッフが声をかけるも足を止めず、敷地の外へまっすぐ進んでいきました。

男性スタッフが全力で追いかけて数十メートル先まで走ったところでAさんの腕をつかみ止め、離院を防ぎました。

「ちょっと外を見に行きたい」その気持ちの裏側

病棟に戻ってから、私は落ち着いた様子になった頃を見計らって声をかけました。

「どうして急に走り出したんですか?」

Aさんは少しだけ俯き、でも静かな声で答えました。「ちょっと外を見に行きたくなっただけなんです。ここにいると、なんだか息が詰まってしまって…」

私はゆっくりと椅子に座り、彼の目を見ながら話を続けます。

「閉鎖病棟は安全だけど、自由に動けない分、つらい気持ちも大きいですね」

Aさんは小さく頷き、「外の空気…。久々に外を見てみたかっただけなんです」と。

頓服を飲んだ後も、しばらくは歩き回り落ち着かない様子でした。私たちは売店への外出を一時中止し、数日後に改めてAさんと話す時間を持ちました。その時も私は、急かさずAさんの気持ちを聴くことを心がけました。

「先日のこと、もう少し教えてもらえますか?」

Aさんは目を合わせながら話し始めました。

「我慢してたんです。ずっとここに閉じ込められてる感じで、何もできなくて。外に出て、少しでも自由を感じたくて…」

その言葉に私は、患者さんの中にある自由への渇望や閉塞感を強く感じ、そっと言葉をかけたのです。

「その気持ち、とても大切です。Aさんが安心できる形で、外の世界を感じられる方法を一緒に考えていきましょう」

閉鎖病棟は安全な環境である反面、日常のほとんどを制限された場所で過ごさなければなりません。たとえ穏やかに見えても、外の世界への欲求や焦燥感が心の奥底で膨らんでいることがあると実感しました。

声を受け止めて、お互いに安心できる外出へ

Aさんとの面談の後、看護師間でカンファレンスを開き、今回の離院未遂について振り返りました。

「ちょっと外を見に行きたかったって言ってたんだよね」「病棟の空気が息苦しい、っていうのも…たしかに、わかる気がする」

スタッフ1人ひとりが、患者さんの背景や気持ちに思いを巡らせながら意見を出し合いました。そして、お互いに安心できる外出に必要な準備とは何かを改めて見直すことになったのです。

「同時に外出する人数を少なくする」「スタッフ配置を再検討し、一人ひとりにより目が届く体制をつくる」「外出前に、その日の体調や気分を簡単に確認するミニチェックを取り入れる」といった具体策が話し合われ、実際に動き出しました。

離院未遂から数週間後、人数を絞った新しい形での売店外出が再開されました。

Aさんには事前に具体策を伝えており、「今度はちゃんと一緒に戻ります」と静かに話してくれました。

ほんの数分の売店外出。けれど、それは閉鎖病棟で暮らす患者さんにとって、心の換気にもなる大切な時間です。

「ただ安全を守る」だけではなく、「安心しながら、その人らしさを保てる環境を整える」こと。それが、精神科で働く私たち看護師にとっての、もうひとつの大切な役割なのだと改めて感じました。

「いつも大丈夫だから」では守れない。精神科看護に必要な観察力とは

今回の出来事で痛感したのは、「いつも大丈夫だから」と気を緩めず、常に患者さんの細かな変化を見逃さない観察力の重要さです。患者さんが外に興味を持つこと自体は自然な欲求であり、それを否定するのではなく、安全に満たせる環境づくりこそが再発防止につながるのだと改めて気づきました。

Aさんの売店の外出再開にあたっては、参加人数の制限やスタッフ配置を見直し、万が一のときに迅速に対応できる体制を整えました。

患者さんの「ちょっと外を見に行きたかっただけ」という言葉は、単なる行動の理由以上に、閉ざされた環境への抵抗であり、自由への願いの表れかもしれません。私たちはその声を受け止め、単に安全を守るだけでなく、その人らしさを尊重しながら支えていく責任があると感じます。

病棟の外に出られない日々は長くても、心の中に自由を感じられる瞬間をできるだけ多くつくる必要があるのではないでしょうか?

精神科の閉鎖病棟は、時に緊迫した状況が起こります。しかし、その裏には人間らしい切実な気持ちがあり、私たち看護師はそれに寄り添いながら、安心と自由のバランスを模索していくことが大切と感じた出来事でした。



ライター:こてゆき
精神科病院で6年勤務。現在は訪問看護師として高齢の方から小児の医療に従事。精神科で身につけたコミュニケーション力で、患者さんとその家族への説明や指導が得意。看護師としてのモットーは「その人に寄り添ったケアを」。