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35年前、日本中にじわじわ沁みた“少し人間臭いポップス” バブル終焉をそっと照らした“静かな名曲”

  • 2025.8.16

「1990年の空って、もっと青く見えてた気がする」

バブルの光がまだ街を覆っていたはずなのに、ふと立ち止まると、夜の空気は案外ひんやりとしていた。ネオンの向こうに漂うのは、ほんの少しの寂しさと、言葉にできない予感。

そんな空気の中、ひとりの女性がつぶやくように歌った曲がある。

川村かおり『神様が降りて来る夜』(作詞・作曲:高橋研)――1990年5月21日発売。

爽やかなギターのフレーズと、少しロックの香りがするビート。それでいて耳に残る明るいメロディラインは、街角を歩く足取りをほんの少し軽くしてくれた。

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川村かおり(1990年2月撮影)(C)SANKEI

「ZOO」の衝撃から、6枚目のシングルへ

川村かおりは、1988年11月2日に辻仁成作詞・作曲の『ZOO』でデビュー。10代らしい透明感に、都会的な空気をまとった声。その個性は、当時の女性シンガーの中でも際立っていたように思う。

『ZOO』は翌年に辻仁成が率いるECHOESによってセルフカバーされ、さらに2000年のドラマ『愛をください』(フジテレビ系)では菅野美穂演じる蓮井朱夏が歌い、幅広い世代に再び届いた。

川村はデビューから約1年半後の1990年5月に、6枚目のシングルとして『神様が降りて来る夜』をリリースする。

高橋研が描いた、心地よい夜のポップス

作詞・作曲を手がけたのは、中村あゆみ『翼の折れたエンジェル』をはじめ、時代を超えて愛される名曲を多数送り出してきた高橋研。

軽やかなギターと明快なドラムのビートに、サビでふっと広がるコード感。そこに川村のハスキーで芯のある歌声が重なり、曲全体がひとつの“夜の物語”のように流れていく。

決して力で押し切らないが、耳を離さない強さがある。それは高橋研が持つポップセンスと、川村の存在感がぴたりと噛み合った証だった。

街に広がった“爽やかな余韻”

『神様が降りて来る夜』は、川村自身も出演した人気バラエティ番組『邦ちゃんのやまだかつてないテレビ』(フジテレビ系)の挿入歌としてオンエアされ、少しずつ知名度を広げていく。

ラジオや深夜番組で耳にした人が「誰が歌ってるんだろう?」と気になり、カセットに録音して繰り返し聴く。そうやってじわじわと浸透していった。

「聴くと、なぜか気持ちが軽くなる」――そんな感覚を与える曲は、1990年当時の都会にも地方にも、同じように響いていた。

爽やかさの奥にある人間味

この曲の魅力は、ポップで明るいサウンドの中に、ほんの少しの人間臭さがあることだ。

川村かおりの歌声は、透き通ったハイトーンではなく、わずかなざらつきと温かさを含んでいる。その質感が、高橋研のメロディと溶け合い、ポップソングでありながら聴き手の心にじんわりと残る。

勢いだけではなく、聴く人それぞれの景色や思い出とリンクする余白が、この曲にはある。

風のように、そして灯りのように

『神様が降りて来る夜』は、初夏の風のような軽やかさと、夜の灯りのような安心感を併せ持つ一曲だ。

川村かおりはその後、名前の表記を「川村カオリ」に改め、音楽はもちろん、執筆やラジオパーソナリティなど、枠にとらわれない表現活動を続けた。

笑顔と飾らない言葉で、多くの人の心に寄り添い続けた彼女だったが、2009年7月、乳がんのため38歳という若さで静かに旅立った。

その生き方と歌声は、今も変わらず、多くの人の記憶の中で息づいている。

この曲を耳にすると、あの頃の青い空と夕暮れの街、そしてステージで笑う彼女の姿がふっと浮かんでくる。

爽やかで明るいのに、どこか心に沁みる――そんな音楽は、35年経った今も色褪せない。


※この記事は執筆時点の情報に基づいています。