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11年前のデジタルリマスター版 “日本を代表する女優”がみせた若き日の演技!“幅広い役柄”につながる重要な一作

  • 2025.8.21

フジテレビ系『ほんとにあった怖い話』シリーズは、すでに20年近く続く夏の定番番組だ。実際の体験談をもとにしたオムニバス形式のホラーで、観る者の心に忘れがたい恐怖を刻んできた。2025年の特別編では、番組史上初となる「最恐選挙」で選ばれた歴代の名作がデジタルリマスター版で蘇った。ラインナップには、いまや日本を代表する女優となった上野樹里、石原さとみ、綾瀬はるかの若き日の出演作も含まれており、当時の演技をあらためて鑑賞できることは、大きな注目を集めた。今回のコラムでは、それぞれの出演作と演技の魅力を振り返りたい。

上野樹里『行きずりの紊乱者』(2004年)

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上野樹里 (C)SANKEI

2004年放送の『行きずりの紊乱者』は、峠道を走る車内から始まる。絵理(上野樹里)とその友人・景子(大村彩子)が深夜のドライブを楽しむなか、うっすらと見えるのは老婆の姿。しかし、その正体は小学生の少年だった。

彼を駅まで送ったはずが、信号待ちで振り返ると、ふたたび同じ少年が立っている……そんな背筋が凍る展開が「隠れた名作」「怖すぎだろ」と話題になった。

上野樹里の演技が光るのは、「日常から恐怖への転落」をリアルに描き出した点だ。明るく友達と笑い合う姿から一転、理解不能な存在に怯える表情へ。その振れ幅は、視聴者の共感をともなって恐怖を増幅させた。

駅で少年を降ろした瞬間の安堵、そしてふたたび目の前に現れた瞬間の絶句する表情は、放送当時から「トラウマ級」と話題になっていたという。上野が後に『のだめカンタービレ』や数々の映画で見せる豊かな表情演技の萌芽が、すでにこの短編ホラーに宿っていたと言えるだろう。

石原さとみ『S銅山の女』(2014年)

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石原さとみ (C)SANKEI

2014年放送の『S銅山の女』で、石原さとみは営業職の女性・夏美を演じた。営業成績が振るわずストレスを抱える彼女は、帰社途中に道に迷ってしまい、廃墟となった心霊スポット「S銅山」に足を踏み入れる。その後、社内で怪異が次々と起こり、やがて自らも恐怖の渦に巻き込まれていく……といった筋書きだ。

この作品で印象的なのは、石原の「怯え」の演技の巧みさだ。仮面を持ち帰ってしまった同僚の変貌を目にするシーン、廃墟で耳にする怪音に震えるシーンなど、彼女の表情ひとつで場の空気が変わる。

単なる驚きの顔ではなく、「理不尽に襲いかかる恐怖を必死に受け止める人間」の姿を映し出した点が評価される理由だ。デビュー当初から清純派として注目された石原だが、この作品では、観客を恐怖体験へ引き込む「媒介」としての力を見せつけた。のちの幅広い役柄挑戦につながる重要な一作である。

綾瀬はるか『怨みの代償』(2009年)

2009年の『怨みの代償』は、『ほん怖』でも異色の作品だ。百貨店の販売員・まゆみ(綾瀬はるか)は優秀な成績を誇り、上司からも信頼されていたが、同期の可奈(入山法子)から執拗な嫌がらせを受けるようになる。やがて彼女は「死ね」と囁く女の幻覚に苛まれ、心身を追い詰められていく。実際には可奈の生霊による呪いだった、という展開が待ち受ける。

ここでの綾瀬はるかの演技は、幽霊に怯えるのではなく「人間の怨念」に蝕まれる恐怖を体現している点で特筆に値する。明るく健気に働く女性が、じわじわと病んでいく姿の落差。その表情の変化は短編にもかかわらず濃密で、観る者に強烈な印象を残した。

最後に「自分も知らぬ間に傷つけていたのかもしれない」と気づく内省的な演技は、彼女が単なるホラーの被害者ではなく、人間ドラマを背負う存在であることを示している。2000年代後半から2010年代にかけて、若手から大女優へと成長していく綾瀬の軌跡を考えれば、この作品はキャリアのなかで大きな意味を持つ。

『ほん怖』は単なるホラー番組ではない。俳優たちにとっては、短時間で観客を恐怖へ引き込み、心理の揺らぎを表現する「演技の実験場」でもある。

上野樹里は表情で日常の崩壊を描き、石原さとみはリアルな怯えで観客を共感させ、綾瀬はるかは人間の内面を掘り下げる。3人はそれぞれ異なるアプローチで恐怖を表現し、若手時代の瑞々しい演技を刻んだ。

いまや彼女たちは主演級の存在感を放つ女優となったが、その源流をたどれば、こうした短編ホラーのなかでの挑戦があった。2025年の「最恐選挙」は、ただの懐古ではなく、彼女たちの演技史を辿る意味でも貴重な機会だったと言えるだろう。


ライター:北村有(Kitamura Yuu)
主にドラマや映画のレビュー、役者や監督インタビュー、書評コラムなどを担当するライター。可処分時間はドラマや映画鑑賞、読書に割いている。X(旧Twitter):@yuu_uu_