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26年前に放送された一見平凡な作品が、名女優の熱演で“まったく別のドラマ”へと変貌… 他では味わえない“異例の名作”

  • 2025.8.29

『しあわせな結婚』が話題になっている大石静だが、本作を観ていると彼女が1999年に脚本を手掛けた連続ドラマ『アフリカの夜』を思い出す。
本作は「メゾン・アフリカ」という古いアパートに引っ越してきた杉立八重子(鈴木京香)が、アパートの管理人を押し付けられたことをきっかけに一癖も二癖もあるアパートの住人たちと交流することになるラブコメだ。
アパートで暮らしているのは、女優の卵の相沢有香(松雪泰子)、惣菜屋「おかずの丸ちゃん」の丸山良吉(國村隼)と、良吉の内縁の妻として働くみづほ(室井滋)。そして元映画監督で現在は経営コンサルタントとして働く木村礼太郎(佐藤浩市)。実は八重子は礼太郎と8年前に交際しており、プロポーズされたこともある関係だった。
現在の礼太郎は有香と付き合っているのだが、礼太郎の部屋には浪人生の妹・緑(ともさかりえ)が頻繁に出入りしている。緑は過度なブラザー・コンプレックスの持ち主で、兄に近寄る女に対して常に厳しい目を向けており、有香と八重子が兄にふさわしいか細かくチェックしていた。
つまり「メゾン・アフリカ」では礼太郎を中心に、現在の恋人である有香と元カノの八重子。そして礼太郎のことが大好きな妹の緑という複雑な恋愛相関図が展開されており、最終的に八重子と礼太郎のラブストーリーになるのではないかと思わせるのだが、物語は意外な展開を見せる。

ラブコメからクライムサスペンスへの鮮やかな転換

大石静は80年代後半から活躍するベテラン脚本家で、得意とするジャンルはメロドラマやラブコメといった恋愛モノ。中でも2024年にNHKで放送された大河ドラマ『光る君へ』はメロドラマ作家としての大石の集大成といえる内容だった。
対して、現在放送されている『しあわせな結婚』は夫婦を軸としたホームドラマの中にクライムサスペンスが組み込まれた異色の構成で、妻が容疑者として疑われている殺人事件の犯人探しが物語の強い引きとなっている。
近年のテレビドラマで盛り上がりをみせる考察系ミステリーの要素を組み込んだ現代的な構成とも言えるが、実は『アフリカの夜』もアパートを舞台にした楽しいラブコメと思っていると、クライムサスペンスへと変わっていく。

主人公たちを見守る面倒見のいいおばさんに思えたみづほだが、実は彼女は暴力を振るう夫を殺害した後、整形して15年間の逃亡生活を送っていた殺人犯の亀田伸枝だったことが次第に明らかとなっていく。

『アフリカの夜』は八重子の結婚式から物語が始まるのだが、婚約者だった銀行員の火野史郎(松重豊)が出資法違反容疑で突然逮捕されて、警察に連行される場面がいきなり描かれる。
生活の安定を望んで銀行員と結婚した八重子は路頭に迷い、紆余曲折の末「メゾン・アフリカ」で暮らすことになる。その後、職探しに奮闘するのだが、面接ではまともに取り合ってもらえない。なんとか決まった塾講師の仕事も許可なくポスターを作られてしまい、今の視点で観ると酷いセクハラばかりで観ていて辟易とするのだが、女優の卵として芸能界の片隅で頑張っている相沢有香もテレビで同じ扱いを受けている。
そんな二人が男社会で切磋琢磨する中でタフな女性に成長していく姿が劇中では描かれる。その後、どちらが礼太郎と結ばれるのか? というラブストーリーになるかと思って観ていると、八重子と有香を応援する地元のお母さん的存在だったみづほに焦点が当たり、物語の様相は大きく変化する。

室井滋の壮絶な芝居によって、別のドラマに切り替わる

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室井滋 (C)SANKEI

第9話。亀田伸枝の時効成立まで残りわずかとなり警察の捜査が厳しくなっていく中、みづほの正体が亀田だと気づいた八重子は、彼女に自首することを勧める。
みづほは同情を誘うため、自分の不幸な境遇を告白するのだが、そこで彼女の表情はガラッと変わり、哀しい表情で高圧的に振る舞ったかと思うと突然、土下座して「見逃して!」と言う。
このあたりはみづほを演じる室井滋の独壇場と言える壮絶な芝居の連続で、これまで脇役だと思っていたキャラクターが本当の主人公として一気に躍り出たようにすら感じた。
ここで作品の印象はガラリと代わり、まるで別のドラマが始まったかのようである。
それなのに、奇をてらった展開だと感じないのは、これまで八重子と有香の姿を通して描かれてきた男社会に翻弄される女たちの生き辛さというテーマが夫に暴力を受け続けた亀田伸枝の悲劇に集約されているからだろう。
ドラマとしては変化球だがテーマ性においては一貫しており、むしろ強化されている。その意味でも見事な構成である。
その後、物語は殺人の時効をめぐって登場人物による議論が展開され、どんな理由であれ殺人は悪いことだから自首をして罪を償うべきだと主張する八重子の正論が語られるのだが、壮絶な暴力から逃れるために夫を殺すしかなかったみづほの哀しみを表現する室井滋の芝居が圧倒的で、議論がまったく成立していない。
おそらく脚本を書いている大石の気持ちも、みづほに強く乗っかっていたのだろう。そうでなければ絶対に生まれない説得力である。
そして最終話に向かう中で、物語はクライムサスペンスとしての側面が全面化し、時効間近の亀田伸枝を追う警察との激しい攻防が描かれる。
毎回流れるOP映像では、黒いドレスを身に着けた八重子、有香、緑、みづほの4人の女性が、警察に取り囲まれる中で激しい銃撃戦をくぐりぬけてオープンカーで逃走する場面がスタイリッシュな映像で描かれる。最初に観た時は正直、物語とあまり合ってないため、カッコ良さ優先で作られたイメージ映像だと思っていたが、最終話まで観るとこういう話だったのかと納得させられる。
その意味で細部まで計算して作られた見事な作品で、突然物語のジャンルがガラッと変わる手触りは、他では味わえないものだと言える。

おそらく『しあわせな結婚』も終盤で驚くような展開を仕掛けてくると思うのだが、大石静のクライムサスペンスの魅力に惹かれた方には是非、おすすめしたい作品である。


ライター:成馬零一
76年生まれ。ライター、ドラマ評論家。ドラマ評を中心に雑誌、ウェブ等で幅広く執筆。単著に『TVドラマは、ジャニーズものだけ見ろ!』(宝島社新書)、『キャラクタードラマの誕生:テレビドラマを更新する6人の脚本家』(河出書房新社)、『テレビドラマクロニクル 1990→2020』(PLANETS)がある。