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40代女性患者「もう先生の言うことが信じられない」医師「ごめんなさい」看護師が感じた“現場のすれ違い”

  • 2025.7.29
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出典元:photoAC(画像はイメージです)

こんにちは。現役看護師ライターのこてゆきです。

病棟では、患者さんと医療者のすれ違いによって、思わぬ方向に信頼関係が崩れてしまうことがあります。それはときに、「説明すること」に慣れすぎた医師が、伝わったかどうかよりも伝えたかどうかに重きを置いてしまった瞬間に起こります。

医師は治療の見通しや方針を説明したつもりでも、患者さんには「聞いてもらえなかった」「自分の思いは理解されていない」と映ってしまう。そんなすれ違いが、患者さんの不安や孤立感を深め、やがて「信じられない」という言葉となって現れるのです。

今回は、ある精神科病棟でのエピソードをご紹介します。うつ状態で入院していた女性患者さんと主治医の関係に起きた説明不足による不信感、そしてその後の変化を通して、医療者が「説明すること」の本当の意味に気づいた体験談です。

「先生の言うことが信じられない」と話したうつ病患者さん

「薬が増えただけで、何も説明がなかった。私は聞いてもらえなかったんです」そう話したのは、精神科病棟に入院していた40代の女性患者Aさん。

うつ状態のため入院していた彼女は、当初は落ち着いて病棟での生活を送っていました。柔らかな表情で看護師とも適度に会話し、服薬や生活リズムにも大きな問題はありません。しかし、日が経つにつれて、ナースコールの頻度が増え、「眠れない」「心臓がドキドキする」といった訴えが目立つようになっていきました。涙を流す場面も増え、スタッフの目にも不安の高まりが明らかな状態だったのです。

ある日、主治医の回診が行われ、数分の診察の中で医師は彼女にこう伝えました。

「薬の調整をして、少し様子を見ましょうか」

回診後、彼女はぽつりと「また薬が増えただけ。何の説明もなかった…私の気持ちは誰にも伝わってない」と呟き看護師に向かって、こう続けました。

「もう、先生の言うことが信じられない」

看護師が感じた説明のすれ違い

夕方の巡回の時間、涙を浮かべたままベッドの端に腰かけていた彼女は、小さな声でこう言います。

「私の気持ちなんて、どうでもいいんだと思います…薬だけ増やされても、怖いだけなのに」その表情には、不安だけでなく、どこかあきらめのような影も見えました。

「薬の調整で様子見ましょうって言われただけでしたか?」と確認すると、彼女は小さくうなずきながら、

「私、眠れないって言ったんです。動悸もして、怖いって…でも先生、時計ばっかり見てて…私の話、ちゃんと聞いてなかった」

その言葉を聞いて私は次の日の申し送り後、医師にこう伝えたのです。

「ご本人は、薬の説明というより、気持ちを聞いてもらえなかったと感じているようです。話をしても、目を見てくれなかったともおっしゃっていました」

しかし医師の反応は、どこか淡々としており「いや、薬の目的はちゃんと伝えたし、眠れないから安定剤を足しますねとも言いましたよ」

そこには、医師としての仕事は果たしたという確信すらにじんでいました。

私はそれ以上強くは言わなかったが、心の中にはひっかかる思いが残りました。

「説明したという医師の言葉と、聞いてもらえなかったという患者さんの思い。そのどちらも、たぶん間違っていない。でも、そのすれ違いを埋められる人が、いま必要なのではないか」

翌日、私は申し送りが終わったタイミングを見計らい、医師にもう一度声をかけました。

「先生、Aさんの件なんですが…きっと薬が出たかどうかより、気持ちを受け止めてもらえなかったことのほうが、本人にはつらかったのかもしれません」

その言葉に、医師は少し黙り込んだあとぽつりとつぶやきました。

「…そっか。それ、たしかにそうだね。最近、自分がちゃんと伝えたつもりでいたけど、何をどう話したかまで振り返れてなかったかもしれない」

繰り返される回診の中で、医師は説明を「手際よくこなすもの」として捉えるようになっていたのかもしれません。しかし看護師の一言が、目の前の患者に本当に必要なものは何かを、改めて見つめ直すきっかけになったのではないでしょうか。

小さな一言が、信頼を取り戻すきっかけに

数日後、医師がAさんの部屋を訪れる姿があり、いつもより歩みはゆっくりで、手には丁寧にまとめられたメモが握られていました。

「この前は、うまく伝えられていなかったかもしれません。ごめんなさい。お薬のこと、もう一度ゆっくり説明させてください」そう話す声はどこか柔らかく、誠実な印象を受けました。

患者さんは最初こそ驚いた表情を見せたが、医師の目を見て、うなずきました。

そして自分の言葉で、「夜になると胸が苦しくなること」「薬を飲むのが怖い理由」「これまでにあった副作用の経験」など、少しずつ話し始めたのです。

医師はそれを遮ることなく、時にメモを取りながら、真剣に耳を傾けていました。

最後に、「じゃあ、今回は頓服として出してみますね。眠れないときは遠慮なく言ってください」

医師がそう伝えると、彼女は「…はい、ありがとうございます」と安心した表情を見せました。

その後の彼女は、少しずつ落ち着きを取り戻していき、ナースコールの回数は減っていたある日の夕方、廊下で声をかけた私にぽつりと「この前、先生が時間かけて話を聞いてくれて…ああ、ちゃんと見てくれてたんだなって思えたんです。前は、何か聞くのも怖かったけど…でも…少しだけ、信じてみようかなって思えてきました」

それ以来、医師も毎回の診察で「何か不安なこと、ありますか?」と一言添えるようになったようです。ただ処方を伝えるだけでなく、「伝わっているか」「納得してもらえているか」に意識を向けるようになったのだと感じました。

診療はいつも時間との戦い。限られた数分で、すべてを丁寧に説明することは難しい。しかし、その一言が「聴く姿勢」として伝わるとき、信頼関係は確かに育まれていくのではないでしょうか。

医師にただ説明不足を責めるのではなく、「本人の気持ちを受け止めてほしいという思い」を伝えられたこと。そして、患者さんの声を医師へのクレームではなく、支援を求めるサインとして受け取れたこと。それが、関係を変える小さなきっかけになったのかもしれません。

精神科医療における「伝える力」と「つなぐ力」

精神科の現場では、患者さんの「主観」と医療者の「客観」とがしばしばすれ違うことも少なくありません。

「説明した」という医師の認識と、「何も聞いていない」と感じた患者さん。その間を、看護師がどのようにつなぐかが問われます。患者さんの訴えをただのわがままと捉えず、そこにある感情や背景をくみ取って医師に伝えること。一方で、医師の意図や考えを患者さんに分かる言葉で説明すること。看護師は、そのどちらも担っている思います。

この出来事を通じて感じたのは、「説明したかどうか」よりも、「伝わったかどうか」に医療の本質があるということ。そして、その橋渡し役となる看護の力が、医師と患者、そして医療全体の信頼関係を支えているということを実感しました。



ライター:精神科病院で6年勤務。現在は訪問看護師として高齢の方から小児の医療に従事。精神科で身につけたコミュニケーション力で、患者さんとその家族への説明や指導が得意。看護師としてのモットーは「その人に寄り添ったケアを」。