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「やめて!やめてってば!」突如、朝の精神科病棟で響いた叫び声 駆けつけた看護師が気付かされた“現実”

  • 2025.7.28
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画像:photoAC ※画像はイメージです

こんにちは、現役看護師ライターのこてゆきです。
日々、精神科の病棟で働いていると、患者さんのこころにふれるということの難しさに、何度も直面します。
言葉にできない思い、沈黙の奥にある不安、そして穏やかな表情の裏に隠された苦しみ。それらは丁寧に耳を傾け、関わっていく中で少しずつ見えてくるものです。

今回は、統合失調症を患っているある女性との関わりから、私自身がハッとさせられた出来事をご紹介したいと思います。
「落ち着いて過ごせている」と思い込んでいたある朝。その静けさの裏にあった現実に気づいた瞬間、私は看護師としての視点を改めて見直すことになりました。

入院後、静かな2週間経ってから想定外の叫び声

統合失調症を患っている30代女性患者のAさんは、入院から2週間が経っていました。

入院直後は幻聴(聞こえるはずのない本人にしか聞こえない声)があり、暴れている様子がありましたが、薬と環境の調整により数日で症状も軽快しました。

その後も穏やかで落ち着いており、ナースコールも少なく、日中は静かに過ごしている印象。カンファレンスでも「特に問題行動はなし」と報告されていました。その日の朝も、いつも通り朝のカンファレンスをしていたときでした。

突然、病棟のホールから女性の叫び声が響いてきました。

「やめて!やめてってば!」

私たちはすぐに駆けつけました。そこには、あの穏やかだった女性が、別の女性患者の服を強く引っ張っている姿がありました。

「悪口を言われたんです」すぐに他の看護師と連携し、安全を確保してから、彼女を病室へ誘導しました。落ち着いたタイミングで、「何があったんですか?」とゆっくり話を聴くと、彼女はこう言いました。

「私の悪口を言ったんです、あの人。ずっと前から…」

しかし、実際には相手の患者さんとは入院以来一言も会話していませんでした。それを伝えても、彼女は静かに首を振りながら、ぽつりとこう言ったのです。

「…ほら、今も言ってるでしょう?向こうから聞こえてくる。私には聞こえるの」

「幻聴」のリアル。本人には事実として聞こえている

その瞬間、「あぁ、これは幻聴なんだ」と気づきました。しかし、彼女の目は真剣で、怯えている様子でした。どれほど現実ではないと言われても、本人にとっては現実そのもの。

「びっくりしましたね。誰かに何か言われてるように聞こえるのって、すごく怖いですよね。不安でいっぱいだと思います。落ち着くためにも1回頓服飲みましょうか」

と声をかけて頓服を飲んでもらい、私はそっと彼女の隣に腰を下ろしました。

「Aさん、今は大丈夫です。ここには誰もあなたを責める人はいないから、安心していいですよ。

もしまた聞こえてきたら、いつでも言ってください。1人で抱え込まずに一緒にどうするか考えましょう」

その後は沈黙が続く中、私はそっと手を握り、背中を優しくさすりながら静かな時間を共にしました。少しずつ彼女の表情が緩み、深く息を吐いたあと、小さな声で「ありがとう」と。その言葉を聞いた瞬間、私もまた心の奥で、ふっと静かに息をついた気がしました。

穏やかさの裏で抱えていたもの。表に出ない「苦しさ」に気づくために

私たちは、「問題行動がない」「落ち着いている」と思い込んでいたけれど、実際には彼女の中でずっと声が聞こえていたのだと思います。それは、攻撃的で、否定的で、誰にも話せず、自分だけで抱えるにはあまりにも重すぎる声。

その日の出来事は、彼女が限界を超えた結果だったのかもしれません。

精神疾患の中には、外からは見えづらい症状がたくさんあります。幻聴、妄想、不安、孤独…。その多くは、本人の中だけで渦巻いていて、周囲には平静に見えてしまう。

だからこそ、日々の何気ない会話や表情の変化、小さな違和感に気づけるかどうかが大切なんだと、今回あらためて感じました。

「ほら、今も聞こえるでしょう?」その言葉は、私たち聴こえない側にとっては理解し難いかもしれません。

しかし、幻聴という言葉だけでは片づけられない、彼女の現実。私たちにとっては「存在しない音」でも、彼女にとってはそこにあるもの。それがどれほど怖く、逃れられないものなのか、想像できるでしょうか。

表情が穏やかでも、声が静かでも、その内側に「聴こえてしまう世界」が広がっているかもしれない。私たちの見ている表面は、ほんの一部に過ぎないのです。だからこそ、「今は静かに見えるから大丈夫」と安心するのではなく、「この静けさの奥に、何か言葉にならない苦しさがあるのではないか」と想像する視点を、これからも忘れずに持ち続けたいと思います。

それはきっと、「聴こえない私たち」ができる、小さな第一歩なのだと思うからです。



ライター:精神科病院で6年勤務。現在は訪問看護師として高齢の方から小児の医療に従事。精神科で身につけたコミュニケーション力で、患者さんとその家族への説明や指導が得意。看護師としてのモットーは「その人に寄り添ったケアを」。