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「昨日も部屋から出てこなくて…」訪問介護師がASDを持つ中学生と向き合う中で感じた“現実と変化”

  • 2025.7.28
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画像:photoAC ※画像はイメージです

こんにちは、現役訪問看護師ライターのこてゆきです。

今回は、在宅で過ごすASD(自閉スペクトラム症)を持つ15歳の男の子との関わりを通して、「病院では届くケアが、在宅ではどう届くのか」。そんな問いと真正面から向き合うことになった出来事をご紹介します。

病院のように、専門職がそばにいて、毎日の変化を細やかにキャッチできる環境とは違い、在宅では「必要なケアが、必要なときに、必要な形で届く」とは限りません。

本人の気持ち、家族の理解、そして家という空間。すべてが複雑に絡み合って、ひとつのケアのかたちをつくっています。だからこそ、思うように進まないことも少なくありません。

今回の男の子とのやりとりは、私自身の支援の在り方を見つめ直す、そんなきっかけにもなった体験談です。

不登校から、引きこもりへ

その男の子Aくんは、中学年の頃から不登校になり、現在はほとんど家の外に出ることがありません。きっかけは、学校での対人トラブルです。

以来、人と関わることに強い不安を感じ、家庭内でも静かな空間を好んで1人で過ごしていました。

訪問看護が始まった当初は、緊張しながらも私たちに少しずつ心を開いてくれました。

ゲームの話になると目を輝かせて、「このゲームはやってる?」「このキャラ強いよね」と言葉数も自然と増えていく。

「少しずつだけど、関係ができてきたかも」

そう思えた矢先、ある壁が訪れました。

内服できない日々、そして突然の拒絶

彼には内服薬が処方されていましたが、飲み忘れが多く1週間のうち4日は飲めていない状況が続いていました。

元々は朝食後の指示でしたが、母の不在で確認が難しく、本人とも相談して夕方の食後に変更。訪問時には薬を一包ずつ確認しながら、「先に水を飲んでみる?」「今日は飲み忘れないためにどうしようか」と、毎回声をかけ工夫してきました。

しかしある日、彼は自室にこもり出てこなくなりました。ノックをしても無反応。数日後、ドア越しに大きな声が返ってきました。

「近づいてくんな!!うるさい!!」

その叫びには怒りと一緒に、どこか悲しみや苦しさも感じられました。

やらなきゃと思っているのに、できない。その葛藤の中で、私たちの声すら負担になっていたのかもしれません。

男性スタッフとともに、もう一度

数日声をかけるだけの訪問が続き、扉越しに沈黙の時間を一緒に過ごしました。

思春期や異性への抵抗も考慮し、上司に報告のうえ次回は、男性スタッフを同伴しました。しかし当日、彼の姿は見えず、家は静まり返ったまま。部屋の扉も閉じられ、お母さんは「昨日もまた部屋から出てこなくて…」と申し訳なさそうに話されました。

男性スタッフは、彼の部屋の扉の前まで行き声をかけました。

「Aくん、こんにちは。昨日Switchでスマブラやってたら、めちゃくちゃ負けてさ。Aくんに勝ち方教えてもらわなきゃって思って来たんだけど」

少し間をおいて、続けます。「今日は、ちょっとだけでも顔を見せてくれたら嬉しいな」

しばらく静寂が続きました。時計の秒針の音すら聞こえてきそうな、そんな数十秒。

そのとき、「…べつに、いいけど」と、小さくこもった声とともに部屋の扉が、ほんの数センチすっと開いたのです。

私は思わず、お母さんと目を見合わせました。お母さんの目が少し潤んでいるのが見えました。

その日を境に、彼の様子に少しずつ変化が現れました。

ドアのすき間から顔がのぞくようになり、2回目の訪問では「あのキャラ、あれチートだよな」とぽつり。

3回目には、自分からリビングに顔を出し、「なに、今日も来たの?」とちょっと照れくさそうに笑ったのです。

以前のように、ゲームの話で笑い合う時間が、少しずつ戻ってきました。

それは、無理に引っ張り出した「変化」ではなく、彼のなかから生まれてきた「ちょっとだけ、話してみようかな」という気持ちのだったように思います。

見守ることと、無理をさせないことのバランス

現在も、薬の飲み忘れはゼロではありません。

しかし、以前のようにまったく飲めない日が続く状態からは脱し、本人のペースの中で少しずつ安定してきています。

ただ、在宅という環境では、病院のように24時間体制で確認したり、急な変化にすぐに対応することはできません。

「見守ること」と「無理をさせないこと」の境界はとても曖昧で、声をかけすぎるとかえって距離ができてしまう。でも何も言わずにいると薬を忘れてしまう日もある。だからこそ、言葉の選び方や家族との関わり方が、医療の手が届くかどうかを左右するのだと痛感しました。

「医療」は、時に届かない場所にもいる

訪問看護は、限られた時間の中で、どう届くか、どう関係をつなぐかが大切だと感じます。

「近づいてくんな」と拒絶されたあの日。それでも関係を絶たず、無理に入り込まず、彼のリズムに合わせることを選んだ時間が、再び彼が顔を出してくれるきっかけになったと信じています。

在宅医療は、病院とは違って日常の中にある医療です。暮らしの中で本人や家族の歩みにそっと寄り添いながら、無理なくできることをひとつずつ増やしていく。その積み重ねは目立たないけれど、確かに変化を生み出していると私は実感しました。



ライター:精神科病院で6年勤務。現在は訪問看護師として高齢の方から小児の医療に従事。精神科で身につけたコミュニケーション力で、患者さんとその家族への説明や指導が得意。看護師としてのモットーは「その人に寄り添ったケアを」。