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病院で「どういうこと!?聞いてない!」兄に怒りをぶちまける妹。80代母をめぐる“衝突”に「誰も悪くない」

  • 2025.7.25
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出典元:photoAC(画像はイメージです)

こんにちは、現役看護師ライターのこてゆきです。

医療の現場では、患者さんだけでなく、そのご家族とも深く関わることが少なくありません。

ときには、家族の戸惑いや葛藤が、ケアの方向性に大きな影響を与えることもあります。

私たちはつい、「家族」という言葉にまとまりや一致団結を期待しがちです。

でも実際には、それぞれの立場や思い、抱えている背景が違うからこそ、ひとつの方針に向かうには、たくさんのすり合わせや心の調整が必要になります。

今回は、あるご家族との関わりを通して実感した、家族だからこそすれ違ってしまうこと。そんなときに看護師としてできるつなぐ役割は何かを考えさせられた出来事について紹介します。

「施設入所なんて、聞いてませんけど!」ナースステーションでの突然の声

その患者さんには、50代後半の長男と、40代後半の長女がご家族がおり、どちらも80代母親を想う気持ちは同じでした。

しかし、ある日その想いが、真っ向からぶつかる出来事が起きたのです。

患者さんは、認知症と糖尿病がある80代女性。日常生活への支援が必要となり、当院に入院されました。

入院時には娘さんが付き添われ、「今後の判断は兄がします」と説明されていたため、その後の治療や退院後の生活についても、お兄さんを中心に調整を進めていました。

「このまま独居は難しいですね」「施設入所も視野に入れてみましょうか」

私たちの提案に、お兄さんは冷静に耳を傾け、丁寧に対応してくださいました。しかし、ある日強い声がナースステーションに響きました。

「ちょっと、どういうこと!?母が施設に入るって、聞いてないけど!」

振り返ると、そこには久しぶりに面会に来た娘さんの姿。怒りを露わにしながら、お兄さんに詰め寄っています。

「なんでそんな大事なこと、私に相談もなく進めてるの?勝手に決められるなんて、ほんとに腹が立つ」

兄妹の想いが、初めて正面からぶつかった瞬間でした。

「母と、もう関われないのかと思った」怒りの奥にあった寂しさ

場を落ち着かせるため、私は娘さんを別室に案内し、お話を伺うことにしました。

怒りが少し落ち着いてから、彼女はぽつりと、こんなふうに話し始めました。

「母のこと、全部置いていかれた気がして…施設に入るってことは、もう終わりなのかなって。母と関われる時間が、もうなくなるのかって、急に寂しくなったんです」

彼女の目から涙がこぼれ、その涙にハッとさせられました。

これはただの「伝達ミス」ではなく、お母さんを想う気持ちがうまく共有されなかったことによる、深い心のすれ違いだったのです。

一方でお兄さんにも話を聞くと静かに、でも少し疲れた表情でこう話されました。

「母の認知症が進んできていて、独り暮らしではもう難しいと思ったんです。妹に何度か連絡しようと思ったけど…忙しそうだし、逆に負担をかけたくなくて」

誰も悪くない。しかし「誰も悪くない」は、時にいちばんのトラブルの種になるのかもしれません。

看護師として家族の想いをつなぐということ

後日、再度ご家族で話し合いの場を持ちました。

そこには私たちスタッフも同席し、これまでの経緯や現状を改めて説明。

それぞれの思いや、誤解が生まれた理由を少しずつ丁寧に整理していきました。

話し合いの最中、沈黙が続いた時間もありました。そんなとき、私は静かに言葉を添えました。

「お母様を大切に思っている気持ちは、息子様も娘様も同じで、ちゃんと伝わるものだと思います。焦らず、少しずつ伝えていければ大丈夫ですよ」

兄:「勝手に決めたんじゃないんだ。ただ、どう伝えたらいいかわからなかった」

妹:「私も、ちゃんと母のこと考えてた。知らされなかったのが、ただ寂しかっただけ」

お互いの言葉に、兄も妹もそっとうなずき合いました。その後は、兄妹で協力しながら施設探しを進めることとなりました。

私たちスタッフも寄り添いながら、家族としての絆を取り戻すお手伝いができたことに、静かに安堵の気持ちを抱いた時間でした。

「家族=一枚岩じゃない」看護師にできることとは?

この出来事を通して、あらためて気づかされました。

家族というのは、一見ひとつにまとまった存在のように見えても、実際にはそれぞれの立場や想い、距離感があって簡単に一枚岩にはなれないのだと。

だからこそ、看護師としてできることとは、患者さん本人のことだけでなく、周りの人たちの気持ちも汲み取ってそっと橋渡しすること。

「伝える」と「伝わる」は、まったく違うものだからこそ、その間に立って誤解や寂しさを少しでも和らげることが、私たちの役割なのかもしれません。その人の奥にある本当の思いに寄り添うことで、心は確かにほぐれていくのではないでしょうか?



ライター:精神科病院で6年勤務。現在は訪問看護師として高齢の方から小児の医療に従事。精神科で身につけたコミュニケーション力で、患者さんとその家族への説明や指導が得意。看護師としてのモットーは「その人に寄り添ったケアを」。